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模範囚の隠れ家的懲罰房 |

主に糞みたいな話を。

自意識との遭遇

2013.10.20 Sun

04:22:02

9月にDTIから「ブログサービス終了のお知らせ」のメールが来た。
そんなわけで12月にこのブログは消えてしまう。

DTIは「記事のエクスポート」のやり方を教えてくれているので
移転はしようと思えばできる。

このままほうっておいて記事が消えてしまうのは虚しい。
だが、「わざわざひと手間かけて移転する」という事は、
「ただ退屈しのぎに雑文を書き殴ってきたわけではなく、
これまで書いてきた記事に価値を見出す人が今後出てきて、
その人らに読ませるためにはひと手間かける意味がある、と思っている」
という事である。

そんなわきゃない。俺がやってきたのは精神的な排泄行為だ。

「それなりに手間をかけて書いてきたものがムダになる徒労感」と
「たかが排泄物を人にまた見せるために手間をかける自意識過剰ぶり」、
どちらを選ぶか、というしょーもない2択が突き付けられた格好だ。
ブログサービスが終了しなければそんな自意識とは出会わずにすんだのに。
無料だから文句も言えないが。

今は「徒労感」よりも「自意識過剰」のほうがイラつく気分だ。
というわけで、消えるにまかせる事にする。
記事のテキストファイルはあるので、その気になれば後からでもどうにかなるし。

「文章を投棄して、自分が世界とつながっているかのような錯覚を感じる」ために
とりあえず次のブログにも登録したが、そこへのリンクは貼らない。

で、ブログサービス終了までこっちのブログにも記事は相変わらず書き、
新しいブログにはまた別の記事を書いて、を12月まで続ける事にする。

とはいえこのブログもまったく誰も読んでいなかったわけではなく、
この前チェックしたらここのアフィリ経由で誰かさんが駿河屋で買い物をしており、
86円ぶんの広告収入が発生していた。
「受け取れる金額」に到達する事は今後永久にないのだろうが、
その節はどうもありがとうございました、誰かさん。

ああそうか、アフィリエイトの設定を変えて
新しいブログ経由でも広告収入が入るようにいじらなきゃいけないのか。
面倒くせえなあ。

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オススメ情報

比較Wizardry学(試作品)

2013.09.23 Mon

07:10:39

序文

たしか2005年の夏あたりから1年くらいWizardryブームが来てた。
その後もちょくちょくそれ系のゲームを見つけたらプレイしてた。
その頃にムダに思った事とかムダに調べた事とかをムダに書く。
それはもう、ムダに。

書き忘れがないように毎日書き足し続けていたら1800行を超えやがった。
恐らく俺は今精神的な問題を抱えているのだ。

Wizardryって何よ?というところから話を始めるのは面倒くさいのでやらない。
「Wizardryが何なのかも知らないのになぜかこの記事を読みたい」
という気持ち悪い人がもしいたら、まずWikipediaを見るか、寝ればいい。

(以後Wizardryは「WIZ」と略す。長いし)

WIZは、「俺にとって」とかではなく、客観的にだいぶ特殊なシリーズだ。
「タイトルの使用権を取得した上で制作された、本家のスタッフが関わってない
日本版オリジナルのWIZが出ている」という点がその特殊さである。

他のゲームなら、その作品の影響下でゲームを作る人々も
パクリ呼ばわりされないために色々オリジナル風の体裁をつける所だが、
WIZは本家の許可の下に堂々とシステムの「丸パクリ」「つまみ食い」ができる。

「本家がシリーズを重ねるごとに盛り込んだシステム、削ったシステム」と
「日本版が本家から引き継いだもの、引き継がなかったもの」 を比べると、
Sirtech社と日本のメーカーとでは
「どのような要素をWIZ的であると感じるか」が大きくズレていると思う。

英語版のWikipediaで調べたところ
「スピンオフ作品が日本でだけ出ている」とあるので、
本家でもなく日本版でもない「他の国版のWIZ」は作られていない。
(英語を分かる人が「similar to Wizardry」で検索したら
「WIZっぽいやつ」くらいなら見つかるかもしれないが、それも疑わしい。
あるなら、誰かがそれを日本向けにローカライズしていそうなものだし。)
オンラインゲームの「Wizardry Online」も、開発は日本の会社だ。
(「Wizardry Online」は、なかなかひどい評判らしい。ちょっと気になる)

だとすると「Sirtech社がとうに捨て去り、世界中がとうに忘れたWIZ」を
日本人だけが今もまだ妙に愛しているらしい。
「エルフェンリート、海外では有名らしいですね」の逆みたいな状況だろうか。

ならば、頭のいい人であれば、これらの比較から
「外国のゲームが目指したもの」と「日本のゲームが目指したもの」とのズレを
見つけ出す事ができるかもしれない。

まあ俺はその点にはさほど興味はなく、
単に「既存のシステムをパクったり無視したりオリジナルを継ぎ足したり」の
流れを延々と書き連ねようと思ったので、そうする次第である。

とりあえず「本家WIZがたどった道」をざっくり語ってから
「その道を、日本版WIZがたどったりたどらなかったりした件」を語る。

とはいえ、ブームが来てたわりには大して知らないし、
ほとんどは数年前の記憶だけを頼りに書いているので、
情報の正確さに関してはグダグダである。
でももし間違っていても謝らない。そしてきっと二度と書き直さない。



#1のシステム

書き漏らしはあるだろうが、#1の時点でのWIZのゲームシステムはこんな感じ。
「今はもうRPG全般のお約束になっている要素」はなるべく省略する。
キリがないので。


○一人称視点でダンジョンを探索し、敵に遭遇するとターン制の戦闘になる。

○ダンジョンと街を往復してゲームを進めていく。

○街は、異なる機能を持つ施設を選択肢から選ぶだけ。

○経験値が溜まっていても、「宿屋」に泊まらないとレベルが上がらない。

○宿屋は「宿泊日数あたりのHP回復量」が異なるいくつかの部屋がある。
無料の「馬小屋」では呪文の使用回数が回復するが、HPは回復しない。
宿屋に泊まった日数によってキャラは齢をとり、やがて老衰する。

○「訓練場」でキャラメイクをして、「酒場」で最大6人のパーティを組む。

○キャラメイクの際には「名前」「種族」「性格」「特性値」「職業」を決める。

○種族は「人間」「エルフ」「ドワーフ」「ノーム」「ホビット」の5種類。
種族によって特性値の初期値が異なる。

○性格は「善」「中立」「悪」の3種類。
酒場では善のキャラと悪のキャラが混ざったパーティは組めない。

○キャラメイク時に特性値にボーナスポイントを任意で振り分ける。
特性値は「力」「知恵」「信仰心」「体力」「敏捷さ」「運」の6種類。上限は18。
キャラメイク時に与えられるボーナスポイントはランダムである。
特性値は、レベルが上がった時にランダムで上下動する。

○特性値と性格によって選べる職業が決まる。これは転職の際も同様である。
職業は「戦士」「僧侶」「魔術師」「盗賊」「司教」「侍」「君主」「忍者」の8種類。

○遭遇した敵が友好的だった場合、見逃すかどうかを選ぶ。
中立以外の性格は、その選択によって性格が変わる事がある。

○パーティに前衛、後衛の概念がある。
後衛は敵から物理攻撃を受けない代わりに敵に物理攻撃ができない。

○アイテムは手に入れた段階では正体が分からない。
呪いがかかったものでないか、などを使用前に確認するには鑑定が必要。

○キャラ死亡時に蘇生に失敗すると灰になり、
灰からの蘇生にも失敗するとキャラのデータが消え、回復不可能。

○呪文には僧侶系、魔術師系の2系統があり、習得できる職業が違う。
どちらも7つのレベルに分かれており、
各レベル、最大で9回まで「使用できる回数」が増える。

○ダンジョンの各フロアは全体像が正方形。

○敵との遭遇は移動中に確率で発生する「ランダムエンカウント」と
場所によって確実に発生する「固定エンカウント」がある。

○戦闘開始時に敵の正体が分かっているとは限らない。

○(イベント以外の)固定エンカウントの敵に勝つと宝箱が出現する。
アイテムが入っているが、さまざまな罠が仕掛けてある。
宝箱を開ける前に罠の「発見」「解除」を行う事ができる。

○ダンジョンの中に複数のパーティを送り込む事ができる。
別のパーティの所在地で「調査」を行うと合流できる。

○全滅したパーティの死骸はダンジョンのその座標に置き去りになる。
長期間回収されずにいるとそのまま消滅する(らしい)。



本家シリーズを通じての俺の所感


(「ネメシス」はシリーズ外として無視してみる。特に根拠もなく)

思い切って言ってしまうと、本家WIZシリーズで成功していたのは
#1だけであって、その後の続編は常に何かしらしくじっている、
というのが俺の印象である。




#1 狂王の試練場

俺が本家でクリアしたのはたぶん「リルガミンサーガ」のこれだけ。

紛れもなく傑作だと思う。

というか、「俺が思うWIZの良さ」の基準が「リルガミンサーガ」に収録の#1なので、
傑作だと思うのにどう誉めればいいのかよく分からない。
物差しの大きさを何で測ればいいのか分からない感じ。

ダンジョンは全10階あるものの、別に行かなくてもいいフロアがどっさりあり、
職業は8種類あるものの、使わなければクリアできない職業は別にない、
という点がのちに「自由度」と呼ばれるものなのだと思う。



#2 ダイヤモンドの騎士

前作のパーティを使った追加シナリオ、という体裁であり、
既に成長したキャラを前作のデータから引っ張り出して冒険するのだが、
「前作を超えるキャラの成長要素」はまったく用意されていない。
という事は、#1を無理に低レベルクリアでもしていない限り、
#2の開始直後から「できる事」は全然増えない、という事だ。

また、最初のフロアが「特定の呪文が使えないと進めない構造」になっている。
そのせいで、前作ではどうパーティを組んでもよかったのに、#2では
「少なくともこの呪文を使えるキャラがパーティにいないとダメ」という形で
プレイヤーの自由が減った。
この「プレイスタイルの自由の減少」は#3でさらに進む。



#3 リルガミンの遺産

WIZは元々「D&D」というTRPGのシステムを(TSR社に無許可で?)
コンピュータ上に落とし込む、という形でシステムが作られていたらしい。
その中には「落とし込みはしたが使い道を見出せなかった代物」もあった。
その最たるものが「性格」というパラメータである。

「せっかくパラメータがあるんだからゲーム中でそれなりに使わなきゃ」という
発想で作られたのが#3のシナリオである、と決めつけてみる。

最初と最後以外のフロアは特定の性格のキャラが進入できない。
そのせいで、クリアするためにはパーティ2組分のキャラを作らざるを得ない。

ゲームバランスに配慮したつもりなのかどうか知らないが、
「経験値が旨い敵」も「最強アイテム」も出てこなくなった。
攻略の自由度は減り、強いキャラを作る楽しみも削られた。
制作者はそれらに代わる何をこのゲームに盛り込んだつもりだったのか?



#4 ワードナの逆襲

ほぼ別のゲームとして有名であり、それを知っているからやってない。
やってないし、日本版WIZにこの作品のフォロワーがいない事は確実だから、
語るべき事は何もないと判断する。

(いや、「召喚呪文の発祥」と考えれば何か語りようがあるのか?)

今見ると「これを外伝ではなくナンバリングタイトルとして出した」事に驚く。
そこに「WIZというブランドに対するメーカーとファンの意識の乖離」が
見て取れるのかもしれない。



#5 災渦の中心

ここから決定的な迷走が始まっているという印象を受ける。

#6以降で完璧に別のゲームになろうとしているのを
クソミソにけなしている「#3までのファン」もいるらしいが、
それ自体は制作者のポリシーもあるだろうからいいじゃん、とは思う。
クリエイターに「前と同じもの」ばかり要求し続けるのは失礼だろう。
まして#5からは作っている人が違う。
クリエイターに「前の人と同じもの」を要求するのは尚更失礼だ。
わさびに「のぶ代っぽくやって」なんて演技指導しちゃダメだろう。

問題は「別のゲームになろうと導入された新基軸」が
大体すべってんじゃねえの?という事だ。
その「大体すべってる新機軸」はこの#5から見受けられる。

#5、6で導入されたシステムは、一言で言えば
「現実世界に存在する要素のうち、#1で導入せずにいたものを、
導入する事が可能になり次第とりあえず導入してみた」という感じだ。
(#8はまったく触った事がないので何も語れない)

それらに対して俺が思ってしまうのは、
「そのリアリティの何が面白いのか?」
「そのリアリティが面白くなるように配慮はしたのか?」
「そもそも、それはリアリティとして成立しているのか?」という事だ。




#6 禁断の魔筆

ここでいよいよゲームシステムが大きくテコ入れされた。
俺はサターン版の冒頭をプレイしただけで内容はよく知らない。

スーパーファミコン版などは決して評判は悪くないものの、
高い評価を受けているのは主に「世界観」であって
「ゲームシステム」を褒めてるレビューは見た記憶がない。



#7 ガーディアの宝珠

システムについては#6とほぼ同じっぽい。

家庭用ゲーム機に移植されたのはプレステとサターンだけだと思うが、
どちらも移植の出来栄えがひどい有様だったのが印象に残っている。
愚痴を言いたいのだが、そのひどさが「#7が元々備えていたひどさ」なのか
「移植のひどさ」なのかの切り分けが難しい。

せっかくだしプレステ版の「思い出のクソ仕様」をふたつ挙げておく。

1.戦闘中、行動を選択する「前」に「対象とする敵」を選択させられる。

その後に「攻撃」みたいな行動を選べば当然その敵を攻撃するが、
回復呪文とかを選べば、「その対象とする味方」を改めて選択させられる。
じゃあ最初に敵を選んだのは何のためだったのか?

2.ゲームを中断してタイトル画面に戻る「ゲーム中止」というコマンドが
「戦闘中、パーティ全員分の行動を選択した後」にだけ選べる。
「ゲームを中断したいプレイヤー」に「行動を選択」させてどうする?

しかも「ゲーム中止」を選んでもすぐにはタイトル画面に行かず、
「パーティ全員のHPがゼロになって、死亡し、ゲームオーバーになり、
ゲームオーバー後の処理として」タイトルに戻る。とても気分が悪い。
それをプレイヤーに見せずにタイトルに戻すのは技術的に無理だったのか?



あと、プレステ版を「忍者ひとりでクリアする」という縛りプレイ動画が
ニコニコ動画にあったのだが(勝手に貼っちゃっていいのか?)、
それを見た後で真似して自分も「忍者ひとりプレイ」をやってみたところ、
少なくとも開始数時間、最初の街までは6人パーティよりずっと楽だった。
これは「自由なプレイが許されている」と見るべきか
「バランス調整がポンコツ」と見るべきか?



#8 (ここに来てサブタイトルがないらしい)

「もはやかつてのWIZとは別のゲーム」なりに評判は良好らしいが、
誰も家庭用に移植していなく、PC用の日本語版もバカみたいな高値がついてる。
だからやった事がなく、攻略本も出てる気配がないし、俺には語りようがない。

権利関係がグチャグチャ、というのが移植が進まなかった主な理由らしいが、
それにしても日本版のメーカーは
「タイトルを使ってゲームは出したいが最新作の移植をする気はない」わけだ。



#2以降のシステムの変化とそれへの日本版たちの反応

本家WIZがシリーズを重ねるごとに変更したシステムは大体以下の通り。
当然見落としもあるだろうが、大事な物は忘れていない、はず。

それらを日本版たちが採用したかどうか、も含めて
Googleドキュメントで一覧表を作ろうかと思うんだが、
どう貼ればいいのかよく分からない。

pdf形式にできるが、ブログ記事の中ににpdfを直接貼る事は
どうも出来そうにない。「pdfにリンクを」貼るかたちになるようだ。

かといってhtml形式にしてしまうと、前に快楽天の件でやったように
「自動改行」フォーマットではもんのすごい余白が空いてしまい、
かといって「自動改行なし」設定にしてしまうと、
1900行以上書いたこのクソ長文の行末ひとつひとつに
今さら改行タグを書き足さなければいけなくなる。じゃあpdfでいいや。

というかこの表を最後の最後、この話題に完全に飽きてから作っており、
正確性に大いに疑問がある。じゃあ作る意味はあるのか?
で、作った表がこれ。


各特性値の上限が種族ごとに違うようになった(#5〜)

具体的には「各種族の初期値+10」を上限とするようになった。
それまで種族ごとのスペック差は「キャラメイク時にしか」存在しなかったが、
これでゲーム中ずっと種族ごとのスペックに差が出るようになった。

→「初期値+10」かどうかはともかく、これは多くの日本版WIZに取り入れられた。
(「戦闘の監獄」が「初期値+15」だった事は確認したが、他は調べてない。)

「日本版に」どころか、このシステムが本家に導入されたのは#5なのに、
「本家の#2の、ファミコン版移植」にフライングで導入されている。
(ファミコン版は#3の移植が「2」、#2の移植が「3」とナンバリングされている。)

BUSINシリーズは唯一、シリーズの伝統を「完全に無視」して
特性値が際限なく上がる。


「射程距離」の導入(#5〜)

射程の長い武器を装備していれば後衛にいても敵を物理攻撃できる。

→これを導入していない日本版WIZはたぶん存在しない。
最初の日本版WIZであろう「・外伝1」に既に導入されている。


射撃武器の弾、矢が消耗品になった(#6〜)

弓で撃つ矢などは攻撃をするたびに所持品から減っていき、
残数がゼロになると攻撃できなくなる。

→こちらは日本版のWIZでは完全に無視されている。

#6、#7は街からゲームが始まるわけでなく、アイテムを購入する機会が
なかなか来ないにも関わらず、そういうシナリオのゲームに
よりによってこのシステムをぶつけてくるセンスがよく分からない。


「隠れる→奇襲」の導入(#5〜)

「隠れる」という行動に成功すると、敵に見つかるまで「奇襲」が出来る。
射程距離の制限を受けず、命中率に有利な修正もつくんだったと思う。

→調べるのが面倒で確かめてないが、多くの日本版WIZで採用されている。
のだが、正直俺にはこのシステムのありがたみがよく分からない。
「有利な修正」は印象に残るほどのものでもなく、
「弓を持ってない後衛が攻撃する時は事前に1ターン捨てないといけない」
という体験として記憶されているだけだ。


「水泳レベル」の導入、「レベル以上に深い所まで泳ぐと即死する」(#5のみ)
(#6以降にも各種スキルのひとつとして「水泳」の項目は残っている)

キャラクタのパラメータの中に「水泳レベル」の項目が追加された。
ダンジョン内のイベントで「水に潜る」というものがあり、
潜った先にシナリオ上必要なアイテムがあったりする。
繰り返し潜っていると低確率で水泳レベルが上がるのだが、
水泳レベル以上の深さに潜ると高い確率で即死する。

→日本版のWIZには無視されている。

(「即溺死」自体は少なくともXTHシリーズにはあったが、
「シナリオ進行上必須のイベントが、確率で即死というペナルティつき」
というシナリオ構造や「即死の確率を下げるために要求される反復作業」
というシステムまで残しているやつは皆無なはずだ)

というか、これを高く評価しているやつはこの世に一人でもいるのだろうか?
リセットしない主義のプレイヤーは#5をどのようにプレイしたのだろう?


シナリオ進行を管理するためのフラグが導入される。(#5〜)

#3まではシナリオ進行はプレイヤーキャラの状態(所持品、称号)で管理された。
#5からはシナリオの進行度のフラグが独立して存在するようになった。
「隠しドアを発見したか?」「ドアの鍵を開けたか?」など。
「NPCとの関係性」「NPCの生死」などもその一種。

→これが導入されているかをチェックするのはとても面倒なのでしていない。
攻略本を読んだだけではフラグ管理のやり方は分からないし。
ただ、今時のRPGでは当たり前なわりにあんまり導入されてない気がする。

覚えている限りでは
プレステ版エンパイアでは「スイッチを押すと開く扉」があった。XTHも同様。
戦闘の監獄でも「ドアにかかっている閂を外すと反対側からも開くようになる」
というのがあった。


アイテムの所持限界に重量の概念が追加された(#6〜)

アイテムのそれぞれに重量の値が設定されており、
キャラクタの種族とレベルごとに「持ち運び限界重量」が設定されている。
限界を超えた重量のアイテムを持つとAC(攻撃回避能力)が悪化する。

→俺の知る限り、日本版のWIZには完全に無視されている。
本家にしてからが「導入はしたが面白くするのを忘れた」のではないのか。
こういうシステムを導入したのなら「強いけど重いアイテム」と
「弱いけど軽いアイテム」のどちらを選ぶか、的な局面がありそうなものだが、
攻略本のアイテムリストを読む限りそういう趣向は見受けられない。

あと、プレステ版の#7だと「重量オーバーしてないけど個数オーバー」という
状況が発生した。たしか20種類までしか持てなかった気がする。
これは「本家の仕様」なのか「クソ移植」なのか?


ダンジョンの不定形化(#5〜)

ダンジョンの形が正方形ではなくなった。

まあリアリティの観点から見ればダンジョンがいちいち正方形な理由はない。
だが、ダンジョンの全体像が分からない事によって
「いつになったらマップ作りが終了した事になるのか」という
「残りの作業量」が見えなくなり、それにより達成感を感じづらくなった。

→この仕様を導入したのはBUSINシリーズだけだろう。

個人的には「見習わなくて正解」なシステムだと思うのだが、
正方形である事を固持した事によって
「ダンジョンのフロアひとつひとつを個性的なものにデザインする」
という作業のハードルが上がってしまった感は否めない。

多くのフロアを作れば作るほどデザイナーのネタは切れてくるだろう。
「正方形縛りでダンジョンを量産する」事を迫られたXTHシリーズなど、
面倒くさいばかりで面白くないクソみたいなダンジョンがどっさりである。


戦闘終了時にレベルが上がるように(#6〜)

「街からゲームが始まらない」「街とダンジョンの往復という形式でない」
というシステム変更に伴うものだと思われる。
この変更をしないと、いつまで経ってもレベルが上がらないので。

→日本版WIZは「街とダンジョンの往復」という形式を守り続けたので、
形式の変更に付随するこのシステムも採用していない。


広さを持たない「イベントの塊としての街」の廃止(#6〜?)

#7の最初の街しか知らないのだが、街もまたひとつのマップであり、
ひとつひとつの建物のドアの向こうに施設があり、街を歩けば敵にも遭遇する。

→日本版WIZには完全に無視されている。
XTHなどは、マップがないどころか
「施設を出てから別の施設に入る」という手順すら無くして
L、Rボタンを押すだけで街の中の別の施設に移動できてしまう。


種族の増量(#6〜)

従来の5種族に
「フェアリー」「リザードマン」「ドラコン」「フェルパー」「ラウルフ」「ムーク」
の6種族が追加された。

→そのラインナップのまま追加されたのが「・外伝4〜ディンギル」だが、
その通りではなくても、「・外伝3」「プレステ版のエンパイア」「XTH」が
「#5までの5種族」以外に何種類かの種族を追加している。

というか、追加された種族のビジュアルの極端さに比べて
従来の5種族はお互いビジュアル的に似たり寄ったりなので、
従来の5種族からはひとつふたつ削っていい気もする。


職業の増量(#6〜)

従来の8種類に
「レンジャー」「アルケミスト」「バード」「サイオニック」「バルキリー」「モンク」
が追加された。

→そのラインナップのまま追加されたのが「・外伝4〜ディンギル」だが、
それ以外でも大体何かしらの職業が追加されている。
されていないのは「2までの・外伝」「戦闘の監獄」くらい。


呪文系統の増量(#6〜)

「アルケミスト系呪文」「サイオニック系呪文」が追加された。

→そこまでの変更「だけ」なら「・外伝4」「ディンギル」「プレステ版エンパイア」
にも取り入れられているし、「系統を増やす」事自体は他もやっている。

ただ、#6以降の本家のWIZにおける
「呪文は6属性に分かれているが、
属性とは無関係に各呪文について各系統の習得の可否が設定されている。
そして多くの呪文が複数の系統で習得が可能である」
というシステムは死ぬほど煩雑なためか、日本版では完全に無視されている。

というか今の「〜というシステム」なんて説明じゃ伝わる気がしない。
例を挙げよう。
たとえば「魔」属性には以下のような呪文がある。
「ヒールウーンズ」…回復呪文。
 僧侶系、アルケミスト系、サイオニック系呪文の職業が習得できる。
「メイクウーンズ」…攻撃呪文。
 僧侶系呪文の職業だけが習得できる。
「マジックスクリーン」…防御呪文。
 魔術師系呪文の職業だけが習得できる。
同じ属性に分類されながら「用途」も「習得可能な職業」もバラバラである。

攻略本の呪文リストを見ても、それぞれの呪文が
「用途」とも「習得可能な系統」とも無関係に「属性ごとに」整理されており、
「このキャラはどういう呪文を使えるようになるのか」を把握しようとすると
結局全属性の最初から最後まで呪文リストに目を通す必要に迫られ、
「どういうパーティを組めばどういう呪文が使えるのか」が全然分からない。

攻略本の編集がクソなのかもしれないが、
俺が持っているどの攻略本もそのような編集をせざるを得なかったようであり、
やはりゲームシステム自体がとっちらかっているのが問題であろう。

「プレイヤーにとって面白いかどうかを無視して世界観に凝っちゃった」という
印象の強いシステムである。無視されて当然の感がある。


呪文が「系統×レベル別使用回数制」から「属性別MP消費制」に(#6〜)

呪文を使う際にMPを消費するのは普通のRPGでお馴染みだが、
#6以降のWIZでは「呪文の属性ごとに」MPが別に管理されている。

このシステムがインターフェイスと組み合わさってとても邪魔くさい。
少なくともプレステ版の#7とサターン版の#6,#7では、
キャラクタのステータスは画面上にアイコンとゲージで表示されている。
だが「MPのゲージ」は「全属性のMPの合計」だけが表示されているので、
ゲージが長く残っていても、「どの呪文を使うMPがまだ残っているのか」は
コマンド入力時になるまで分からない。

→「呪文が6属性に分かれている」というシステム自体を日本版WIZが
無視している以上、「属性別MP」というシステムも当然無視なのはいいが、
「MP消費制」というRPGの中ではかなりメジャーなはずのシステムまで
意固地になって無視し続けているのはよく分からない。
「レベル別使用回数制」がそんなに優れているシステムだとは思わない。

また、「通常使用時の数倍のMP」を一度に投入する事で効果を強める
「パワーレベル」というシステムもあり、それはそこそこ面白いと思うのだが、
日本版WIZに限らず、他のRPG全般でも見かけないのはなぜだろう?


呪文名が「作品世界オリジナルの言葉」から「英語」になった。(#6〜)

たとえば「KATINO」が「SLEEP」になり、
「TILTOWAIT」が「NUCLEAR BLAST」になった。

俺の知る限りでは「サマナー」「戦闘の監獄」「ゲームボーイ版エンパイア」が
これを採用している。

この変更を「日本版のWIZ」が採用している、というのが愚の骨頂だと思う。

「アメリカのゲームでゲーム中の用語が英語である」という事と
「日本のゲームでゲーム中の用語が英語である」という事は意味が違う。

「アメリカ人が英語を使う」のは、それが母語で、分かりやすいからだ。
「用語の語感で世界観を表現する」つもりがないのなら、
その代わりに英語を使うのはアメリカ人にとって当たり前の事だ。

だが日本人が同じ事をするのは意味が全然違う。
「用語の語感で世界観を表現する」事をせずに、
「自分たちにとって母語でも何でもない外国語を使う」理由は
「外国語を使うとかっこいい気がするから」以外の何物でもないだろう。
「英字新聞柄のシャツをオシャレだと思って着る」のと同じセンスである。

呪文名に限らず「ゲーム中の言葉を英語のまま使っている」事では
他の日本版WIZも同罪だと思う。

たとえば、いくつかの日本版WIZに「バスキン」というアイテムが出てくるが、
その名前だけでどんなアイテムなのか分かる日本人は何人いるのか。
少なくとも俺は「実物のバスキン」をまったく知らない。

これによると
>バスキン【buskin】
>靴の甲にゴムのまちがはいった婦人用の短ブーツのこと。
らしいんだが。

それに「言葉は英語のまま、表記はカタカナ」に変更した結果
意味を辞書で引くのも難しくなってやがる。


特性値の項目の変更(#6〜)

#5まではDEXが「敏捷性」と「器用さ」を兼ねていたのが
DEXとSPDというふたつの特性値に分離された。
また、運が廃止されて魅力とカルマが増えた。

→日本版には完全に無視されている。

だが、特性値の項目数が少なければ少ないほど
「種族ごとのスペック差」を表現するのは難しくなるはずだが、
日本版の多くが「特性値の項目」は増やさず「種族」は増やした。

まあ、ベースのゲームシステムが「#5までのWIZ」では
これ以上特性値の種類を増やす理由もないが。


各種スキルに任意でポイントを振り込むシステム(#6〜)

レベルアップ時にポイントが与えられ、それをスキルに振り込む事で
キャラを成長させる。
「どのスキルに振り込む事ができるか」が職業ごとに違う。

#5までの「誰がどう育てても同じようにしか成長しない」ものに比べて
プレイスタイルがキャラの成長に反映されるのはいいと思うが、
無理してスキルの項目を増やしてはいなかったか。

「何かをするスキル」の項目を追加するという事は
「そのスキルを上げないとその行動に失敗するようにする」という事だ。

たとえば「発声術のスキルが低いと呪文の使用に失敗する」というシステムは
プレイヤーをどう楽しませるつもりで導入したのか。

→日本版は総じてこのシステムを無視したが、「世界中の迷宮」などの
「WIZという名はつかないがそれ系のゲーム」においては採用された。

とはいえ、このシステム自体は今ではとてもありふれたものなので、
「本家WIZから」導入した、と考える理由はない。


パーティ入れ替えの廃止(#6〜)

ゲーム開始時に作ったパーティがエンディングまで入れ替わらない。
最大6人パーティなのだが、開始時に欠員がいても補充できない。

→日本版はどれもこれを導入しなかったし、
日本のWIZファンが#6以降を嫌いな主な理由がこれじゃないかと思う。

同じキャラを使い続けるしかないRPGなら他にいくらもあるので、
よりによってWIZでまでこれをやらされたくないと思った人は多いだろう。

また、新しいキャラを作ってみようと思ったら
「別のセーブデータで初めからゲームをやり直す」しかない、という事もある。
せっかく種族、職業が多いのに使い比べてみる気にならず、
「損なキャラメイクをしたかもしれないが、今さら確認するのは面倒」という
いらんストレスを感じる事になりはしないか。


性格の廃止(#6〜)

これは「パーティ入れ替えの廃止」から連鎖的に廃止されたものではないか。
パーティを変更する機会がないのだから、
「転職できない職業が発生する」というだけのシステムになってしまうので。

→本家のくだりで書いたとおり
「D&Dのシステムを落とし込んだ時に使い道もないのに省略し忘れた代物」
というのが俺の認識で、こんなもの廃止しちゃえよ、というのが正直な所だが、
なぜか日本版WIZはどれもこのシステムを残している。
後述するが、むしろこの趣向を膨らませようとしているものも少なくない。


ロストの廃止(#6〜)

これも「パーティ入れ替えの廃止」による必然的な変化だろう。
欠員補充できないのに「復帰できない欠員」が生じると詰む可能性がある。

→日本版のWIZはロストを廃止していない。
「パーティ入れ替えを廃止」しないからこれもそう、と言えばそれまでだが、
一部マニア以外にとっては、ロストが「すぐリセットする要因」に
なってしまっているような気がするので、廃止していい気がするのだが、
日本版WIZ制作者にはなぜか大人気。

キャラ育成に長い時間を投げ打たねばならないオンラインゲーム版にも
このシステムは残っているらしい。
それでいてオンラインゲームならではのPKは導入してあるそうだ。
正気か?


攻撃、防御の具体的方法の細分化(#6〜)

例えば、戦闘時に「攻撃」を選択すると、
そこからさらに「振る」「突く」「殴る」などの方法を選択する。
それぞれの選択肢によって命中率、貫通率、ダメージに修正がかかる。

防御においては「盾を使う防御」「回避率を上げる防御」
「カウンター攻撃を仕掛ける防御」「回避率を捨ててスタミナを回復する」
という選択肢があるらしい。

→日本版からは完全に無視されているし、
プレイヤー目線からもこのシステムを褒めている人を見た事がない。

そもそもWIZシリーズにおける一回の攻撃ダメージは振り幅が大きく、
ちょっとやそっと修正がかかったところで差は分かりにくい。
そんな「何を選んでも差が分からない選択肢」を毎回選ばせるために
戦闘中の「ボタンを押さなければいけない回数」が大幅に増えた。

「振り幅が大きいダメージ計算式」を見直してからにすべきだったのでは?


HPとは別に「スタミナ」の値が導入(#6〜)

戦闘中行動のたびにスタミナの値が減り、ゼロになると昏睡する。

これもまた「どう面白くするかはノープランで導入したリアリティ」の感。
こういうシステムを導入したんだったら
「スタミナの消耗が激しいんだけど強力な攻撃」とか
そういう要素があって始めて戦略性とかが生まれると思うんだが、
俺がプレイした限りではそんなものはなかった。

→日本版は完全無視。


固定エンカウントが復活しなくなる。(#6〜?)

これは本家の元々の仕様なのか移植の際の不具合なのか判断しづらい。
プレステ版の#7がそんなで、ついでにランダムエンカウント率も低かった。

ゲームバランスが崩れないよう「際限のないレベル上げ」を防止する事を
目的とした変更だろうか。

じゃあ配置された固定エンカウントを1回ずつ踏んでおけば
ほどよい難易度でゲームが進むか、というとそうでもなかったと記憶する。
#7の最初のダンジョンのボスが早くもレベル上げをしないと倒せなかった。

で、そのような経験値不足を解消するために
#6以降で用意されたのが「休む」という行動である。
宿屋以外でパーティ全員が眠っていると高確率で寝込みを襲われる。

「とっくに攻略したエリアでくり返し敵を虐殺して回る」
という形の「冒険」を#6以降の制作者は望まなかったのだろうが、
なら「寝込みを襲う敵を返り討ちにするべく疲れてないのに野宿を繰り返す」
というのは、制作者の望んだ「冒険」のあり方なのだろうか?

→日本版WIZでは無視されている。「休む」コマンドもない。


日本版WIZについて知ったかで語る



2009年に「ウィザードリィルネサンス」とやらが始まり、
日本版WIZが何本か作られたが、当時(今もだが)金がなかったこともあり、
幸か不幸かそれらは全然プレイしていない。

(クソゲーオブザイヤーの大賞を惜しくも逃したやつがある)
たかがブログを書くために買ってプレイする気もさらさらない。
ここまでで言及した「日本版」も「ルネサンス以前の日本版」ばかりである。

「本家の古いシステムの踏襲」か「本家の新しいシステムの導入」だけで
作られているわけではなく、独自のシステムの追加も多い。

また、ただ追加するだけでなく
「本家が残した宿題を自分たちなりに発展させる」という形で
似たモチーフをそれぞれ異なる仕様のシステムにしているものもある。
ここでいう「本家が残した宿題」とは大体以下のようなものである。

性格(の不一致)というシステムはあのままでいいのか問題

先述のとおり、本家WIZの性格のシステムは
「D&Dからパクってはみたが使い道を見出せなかった」ようなものだ。

ゲーム中にこのシステムがもたらすのは
「パーティが組みにくい仲間」「転職できない職業」「戦ってはいけない敵」
というようなただ不便なだけの体験である。

これをどうにか面白くするか、せめて不便を減らせないか、という問題である。

(どうにかできないか、と考えるわりに、本家の#6以降のように
「なかった事にする」という判断は誰もしていない)


専門職以外の呪文習得が専門職と同じ価値を持っていいのか問題

魔術師、僧侶などがそれ系の呪文を習得する専門職であるが、
侍、君主などの職業も片手間で呪文を習得する。

本家のWIZは呪文の効果に使用者の能力がまったく関係しない。
そのため「専門」でも「片手間」でも呪文の効果は同じである。

効果は同じでも「片手間組」は習得レベルが遅く設定されてはいるが、
プレイが長時間になって「片手間組も呪文を習得した後」になると
専門職の優位は何ひとつなくなってしまうが、それでいいのか、
という問題である。


召喚呪文がただのギャンブルにならない為にどうすればいいのか問題

本家の#5から「召喚呪文」が追加された。
戦闘中に使用するとモンスターが仲間として一緒に戦ってくれる。

そこで日本版の制作者の一部が不満に思ったらしいのが
「どのモンスターが出てくるのかが何種類かのうちのランダム」な点である。
運要素が強くなってしまうし、出てくるモンスターに愛着も湧きにくい。

「出てくるモンスターの強さ」を「召喚者の能力」に関連させるべきでないか、
ていうかポケモンもヒットしたしそこで色々凝ってみると面白いんじゃないか、
という問題である。



他にも諸々「本家の宿題→日本版の解答」というような事は
あったのかもしれないが、俺にはこれしか把握できなかった。

「アルケミストって名前なんだし錬金術っぽい事させようぜ問題」
なんて問題の名前をつけてみる事は出来るが、
「タイトルにWIZとつく作品」の中でその問題に手をつけたのは
XTHだけなので、日本版WIZ全体の話にはしづらい)

(「宝箱の罠って即リセットor事実上ノーリスクになってしまってる感があるが
もうちょっとほどよい耐え心地のペナルティは誰か思いつかないのか問題」
とでも名づけるべき問題意識が、俺の中にはあるんだが、
あいにく制作者サイドにはそんなものないらしい。)

日本版WIZそれぞれの独自のシステムをすべて語るより、
そのような「本歌取り」的な位置づけのシステムに重点を置いて語る。







アスキーによる「・外伝」→「ディンギル」

3までがゲームボーイ、4がスーパーファミコン、ディンギルはプレステ1。

1は途中までプレイして飽き、2,3は持ってはいるがやった事はなく、
そもそもスーパーファミコンは本体を持っていた事すらないので
4のソフトは持ってなく、攻略本だけ持っている。
ディンギルは一応エンディングを見て、
その後エクストラダンジョンのバランスの悪さにドン引きしてやめた。
「バグ技でアイテムを強化してようやく運ゲーになる」という代物だった。

ファミコン版移植をうまくやったアスキーにSirtech社が許可を与えたのが
「日本版WIZ」という、ゲームの歴史の中でもよく分からないものが
生まれたきっかけなのだろう。

2までは「水泳レベルがなく、ダンジョンが正方形な#5」のようなシステム
3から種族と呪文に#6の要素が導入されたが、
「サイオニック(系呪文)」の導入は4かららしい。

4は舞台が中世の日本で、ディンギルの舞台はマヤ・アステカ文明?という
世界設定など、ビジュアル面ではちょっと変わった事をやっているが、
システム面に冒険は少なく、手堅く「古き良きWIZの再現」に努めている印象。
ディンギルでシンボルエンカウント制が採用されたくらい。

ディンギルの主題歌を中森明菜が担当している、と書くと
「ドラゴンズドグマにB'z」超えの強烈な違和感があるな。








スターフィッシュによる「エンパイア」と「アスタリスク」

ゲームボーイカラーで2作出ていて、片方持っているがプレイはしていない。
噂ではゲームバランスが悪いらしい。
その後プレステ1で「1」と「2」、プレステ2で「3」が出た。
「1」は一応クリアしたが、「2」は途中でイヤになった。
「3」は持ってはいるがプレイしていない。
ニンテンドーDSで出た「アスタリスク」は攻略本すら持っていない。
評判は悪いくせにあまり値崩れしないので買う気にならない。

「アルケミスト系呪文」「サイオニック系呪文」は本家から受け継いでいるが、
それらの呪文を専業とする「アルケミストそのもの」「サイオニックそのもの」
という職業は存在しない、というのがよく分からない。

ゲームシステムの話とはズレるが、
2のほうが1よりキーレスポンスなどの操作性が悪かった記憶がある。

敵に会ったり、どうでもいいメッセージ表示イベントを踏んだりするだけで
5秒くらい無音のまま待たされたりする。
しかも毎回通らないといけない道に「どうでもいいメッセージ表示イベント」が
いくつも並んでいたりする。

ボタンを押してからキャンプ状態になるまで1秒くらい間が空くのだが、
「キャンプ処理はまだだけどキー入力は受け付けた」的な反応もなく、
不安に思ってもう一度押したら、キャンプが始まった直後に解除されたり。


性格(の不一致)というシステムはあのままでいいのか問題

本家が切り捨てた「性格ごとに相性の良し悪しがある」というシステムを
プレステ版ではむしろ拡張し、性格だけでなく種族にも相性を導入し、
「相性の悪い相手とはパーティを組めない」のではなく
「相性の悪い相手が仲間にいると特性値が下がる」というシステムにした。

その発想自体は別に悪くはないと思うが、いかんせん調整が足りない。

適当にパーティを組むと能力が下がりすぎて、こちらの攻撃は外れまくり、
やっと戦闘に勝っても出てきた宝箱の中身が空、なんて事態が頻発する。
(宝箱の中身が「運」の値に依存してやがるためだ)

「悪のホビット6人組」がプレステ版エンパイア1の序盤の最強パーティだ。
各キャラに対して「ボーナス30ポイント分」能力が底上げされる。
ゴミみたいなボーナスポイントで作ったキャラでさえ強い強い。
(悪じゃなくても「30ポイント分の底上げ」は可能だが
「善の6人組」は盗賊スキル持ちをパーティに組み込む事ができず、
「中立の6人組」にはアイテム鑑定と僧侶呪文に不自由が残る)

相性による能力修正を極端に設定しすぎた、という反省はあったのか、
以後、修正は穏便に調整され、結果、システムの存在感が希薄になった。
それどころか、3では能力修正をオフに設定できる。
「希薄になった」どころか実質システムの放棄である。

この事から、相性システムを発案した人は2の完成後に
スターフィッシュを抜けたのではないかと推察される。

この相性システムを調整する時にまず見直すべきは
「各特性値の上限が25である」という点だったはずだ。
修正の最小単位である「1ポイント」の影響がデカすぎるのである。
「相性が悪くても頑張る」という選択が事実上不可能なほど。


召喚呪文がただのギャンブルにならない為にどうすればいいのか問題

ダンジョン内に「魔法陣」が設置されており、
そこで召喚師がモンスターと契約をする、というイベントが発生する。
契約関係にあるモンスターだけ召喚できる、というシステムである。
ゲームボーイカラー版の頃からそうらしい。

「冒険の進捗」と「召喚できるモンスターの強さ」を一致させるシステムだが、
ただでさえそんなに広くない正方形のダンジョンに
「特定の職業を使っているプレイヤーにしか意味がないイベント」を
あまりたくさん設置するわけにもいかないので、
魔法陣の数、ひいては召喚できるモンスターのバリエーションは多くなく、
プレイヤーに選択の自由はあまりない。

ゲームボーイカラー版がどうなのかは攻略本からは分からないが、
プレステ版においては召喚時に金を払う。




マイケルソフト(チームムラマサ)による「XTH」

プレステ版エンパイアの2が作られた後に、
スタッフの一部が抜けてこれを作ったのだったはずだ。
呪文の名前がプレステ版エンパイアと丸かぶりだったり、
両方に関わった人(管理人ファウスト)のウェブサイトがあったりした。
今探したらブログのほうが見当たらないのだが、
そっちに詳しい事情が書かれていたような。

エンパイアの「のれん分け」とか「分家」とか、そんな位置づけだと思う。
そもそも日本版WIZ自体が本家の「家業を継がせるための養子」
みたいなものだと思うのだが、家系図は複雑になるばかりだ。

制作したチームムラマサが雇い主のマイケルソフトから
どんな扱いを受けたのか、というエピソードはググれば出てくるはずだ。
というかゲームの公式サイトでスタッフがその話をぶっちゃけていて、
それがきっかけで俺はチームムラマサを好きになったのだが、
マイケルソフトが潰れたためか、公式サイトは今はない。


(あと、好きになったはいいが以後の作品は別に買ってない。
繰り返しになるが金がねえのである)


XTH2のソースコードの権利を持っている人がそれを丸々流用して、
萌えっぽい絵をつけて「剣と魔法と学園モノ。」というゲームを作ったが、
XTHよりインターフェイスが劣悪な上にバグが増えた、という後日談もある。

インターフェイスが劣悪ならあえてやるほどのゲームではないと思うが、
忌々しい事にXTH2よりも売れたらしい。

ゲーム自体は50点だがインターフェイスの快適さが90点なので
トータルで70点、という印象を受ける。
どう快適なのか、は説明してもうまく伝わる気がしないから書かないが、
「面白い」というより「ストレスがない」から、ついずるずる続けちゃえるゲームだ。

本家になかったシステムが色々盛り込まれていたが、
だいぶ面倒なのですべては語らない。
「コンクエスト」などは、どこからどう説明すればいいのか分からないし。

エンパイアで中途半端な存在だった
「アルケミスト系呪文」「サイオニック系呪文」を統合し「超能力呪文」とし、
それを使う専門職(学科)「超術士」が作られた。

俺はこのシリーズを2回くらいずつクリアして、
その際にかなり長いメモを残した。「悪いと思う所」ばかりを。
本題とはかけ離れるが、せっかくだから転載しておく。

○「バリエーションの豊富さ」が「メリハリのなさ」「煩雑さ」につながっている。

1.「同じ敵のレベル違い」のバージョンが1レベルごとに用意されている。
1レベル違うところで対処法を変えられるほど繊細なゲームではない。
その結果レベルが「大きく」違っていても大体同じ対処しかしなくなる。

2.防具だけで6部位(頭、上半身、下半身、腕、足、装飾品)もある。
装備部位ごとに防具としての機能の方向性が違ったりはしないので、
「防具という単一の機能」を6分割しただけである。
だから「一部位ぶんの防具」を「ワンランク上のもの」に換えても
どれくらい強くなったのかまったく実感が湧かないほど変化が小さい。
(本家からして6部位あるわけで、XTHに限った話ではないか?)

3.「10の種族」「15の職業(学科)」「3種類の性格」「2種類の性別」から
キャラメイクをするが、職業(学科)以外は「出来る事」にさほどの差がない。
その一方でそれらの要素全てが「アイテムの装備の可否」に関わってくる。
「こういう事がしたいからこんなキャラを作った」というよりも
「こんなキャラにしたせいで今入手したこのアイテムを装備できない」という
しょーもない体験ばかりが目立つ。

4.「錬金術師がアイテムを作るときに使う素材」だけで100種類以上あり、
ダンジョンに入るとすぐにそれらで所持品欄が埋まってしまう。


○乱数の振り幅が大きすぎる。

1.敵の強さにバラつき。特に終盤。
同じグループの同じ種類で同じレベルの敵のHPが5倍くらい違ったりする。
どれくらいの攻撃をぶつければ倒せるのか分からないから
ペース配分のしようもなく、戦略の立てようがない。

2.で、「敵の強さ」と「その敵が落とすアイテムの価値」にあまり関係がない。
頑張って強い敵を倒してゴミを拾うこともあれば
序盤のザコが最強の武器の素材を持っていることもあり、
強敵に挑む張り合いがあまり感じられない。


○先述したが、XTHのダンジョンは面白くない。
「不思議のダンジョンみたいな自動生成ダンジョンをやろうとしたが
技術的に無理だった」という事だろうか、
「各フロアの形は決まっているがその順列組み合わせがランダム」という
「らんだむダンジョン」と同じようなシステムを採用している。
各ダンジョン最深部「中枢」のフロアだけが固定。

マップがどの順番で並ぶかが決まっておらず、
ひとつのマップが複数のダンジョンで流用されるため、
「複数のフロアにまたがる謎解き」や「ストーリー性をもつイベント」は
「最深部の固定フロア」以外には配置できない。

ほとんどのフロアにおいてやる事といえば
「そのフロアをショートカットするルートを開通するスイッチを探す」だけ。

それしかする事がない中で無理に難易度を上げようとしたのか、終盤には
「4方向全てがドアに囲まれた小部屋で、
床が回転床なので自分がどの方向を向いているのか分からず、
どのドアを開ければ先に進めるのか分からない」という
面倒くさいだけで面白くないギミックがうんざりするほど繰り返されたりする。


性格(の不一致)というシステムはあのままでいいのか問題

プレステ版エンパイアは性格や種族の相性によって
特性値に「ポイントで」プラスマイナスの修正がかかったが、
その影響があまりに大きかったので、それを穏便にするためにか
修正を「パーセントで」行うように変更された。
さらに、パーティ内の相性から決まる「修正率」はその「最大値」であり、
実際にかかる修正は「(そのキャラのレベル)%」までとなる。

その結果、エンパイア3並みにシステムの存在感が希薄になった。

これもエンパイアと同じく「特性値の上限が25(くらい)」というお約束を
まず最初に見直すべきだったと思う。
「元の数字が小さすぎて修正値がなかなか小数点を超えない」からだ。

たとえば、先述の通り修正率はレベルを上限とするので、
ゲーム開始直後には相性の修正は「最高で1%」である。
先述のとおり特性値の上限は25くらいなので、
1%とは「特性値が上限に達していても小数点以下で切り捨て」という事だ。
その結果、ゲーム開始直後には特性値の増減はまったく起きない。
レベル5でやっと「元々20の特性値に1ポイントの修正」がかかる。

影響が小さすぎたという反省からか、
XTH2では「ずっと同じ仲間とパーティを組んでるとプラス修正が入る」
という要素を追加していた(と思う。記憶が定かではない)が、
これもまた「長時間プレイし続けてようやく影響が出る」という仕様であり、
ゲーム開始直後に全然ありがたみが伝わらない事には変わりがない。


専門職以外の呪文習得が専門職と同じ価値を持っていいのか問題

「覚えられる呪文の数」で専門職とそれ以外に差をつけてある。

「魔術士呪文」「僧侶呪文」「超能力呪文」のそれぞれが
レベル1からレベル7までの各レベルに4つの呪文を持つ。

専門の「魔術士」「僧侶」「超術士」「司祭」は4つすべてを習得できるが、
専門外の職業(「学科」)が習得できるのは3つ以下に設定されている。
専門外のキャラは「習得を断念する呪文」を選ぶ必要がある。

このシステムとWIZ従来の「習得する呪文がランダムで決まるシステム」が
相性が悪いと感じた。

「覚えさせたいのとは別の呪文」でそのレベルの習得枠が埋まってしまうと
その都度「呪文を忘れさせる」という操作をしてからレベルを上げないと
そのままでは「覚えさせたい呪文」を永久に覚えてくれないのだが、
その「忘れさせる」手間が非常に忘れやすい。

#6以降の「習得する呪文を任意で選択する」システムと
組み合わせるべきものだったと思う。


召喚呪文がただのギャンブルにならない為にどうすればいいのか問題

プレステ版のエンパイアとほぼ同じである。
魔法陣で契約したモンスターだけ、金を払って召喚できる。

「召喚できるモンスターのバリエーションの少なさ」の問題も同様である。
というかエンパイアの頃よりバリエーションが乏しい。
XTHはたった7種類、XTH2でも14種類。

エンパイアとの相違点としては、
術者のレベルが上がると召喚の料金が安くなり、
召喚されるモンスターのレベルも上がる。




アトラスによる「Alternative BUSIN」

プレイステーション2で「BUSIN」とその続編「BUSIN 0」が出ている。
俺は「0」のほうはクリアしたが「1」は開始1時間で投げ出した。

日本版WIZの中で一番金がかかっているのがこれだろう。
WIZファン以外にも評価が高かったような記憶がある。

が、ファミコン版でWIZに馴らされてしまった身には
何かにつけていちいち時間がかかるのがキツイ。
戦闘時にポリゴンのモンスターがいちいち動く(「0」はカットできたが)。
街の施設に出入りするたびに1秒くらいかかる。

また、ゲーム開始後、かなり長い間パーティ編成が固定される事に
拒否反応を示すWIZファンもいたのではないか。


○ディンギルと同じようにシンボルエンカウント制を採用している、
というかディンギルは「シンボルエンカウントと固定エンカウントの併用」だが、
こちらの場合は「ボス以外は全部シンボルエンカウント」だったはずだ。
これがうまく行っていない。

シンボルエンカウントは本来「うまく避ければ戦わずに済むシステム」のはずだ。
見下ろし視点のRPGならシンボルを避けるスペースもあるだろうが、
WIZのマップは「幅1マスしかない通路」がほとんどであり、まず避けられない。
「避けようのないザコ戦が、始まる前から見えていてウンザリ」という
しょーもない体験をもたらすシステムになってしまってはいないか。

「避けようのない敵が見えているシンボルエンカウント」というシステムは
のちに「強敵だけシンボルエンカウントにする」というアレンジを加え、
同じメーカーの「世界中の迷宮」のF.O.Eになったと思うのだが、どうか?


○また、このシリーズは「プレイヤーの分身的な主人公」を最初に作らされる。
その主人公はパーティから絶対に外す事ができないので、
他のWIZのように「複数のパーティをダンジョンに送り込む」事ができない。
全滅するとタイトルに戻され、最後にセーブした時点からやり直しになる。
主人公以外の面子の変更はできるのだが、若干#6的である。


○従来のWIZでは、レベルが上がれば自動で呪文を習得したが、
BUSINシリーズでは「魔法石」というアイテムを使うことで習得する。
魔法石は敵の死骸から得られるアイテムを合成して作る。
これは「この敵を倒すまではこの呪文を覚えられない」という形で
パーティの成長度とシナリオの進行度のズレを防ぐためのシステムだろう。

ただ、「0」ではオリジナル要素の「アレイドアクション」が強すぎて
呪文をほぼ使わなかったと記憶している。


○「アレイドアクション」はBUSINシリーズにおいてとても重要なものなのだが、
言葉でどう説明すればいいのかよく分からないのと、
「WIZ史」の観点からは語る意味はあまりないので、詳しい説明は省く。
「6人パーティの、条件に一致する複数人の行動機会」を消費する事で
使用できる呪文みたいなもの、とでも言ったらいいのか。
でもこの説明じゃプレイした事がない人には伝わらないだろう。


性格(の不一致)というシステムはあのままでいいのか問題

キャラクタに「善、中立、悪」とは別に細かい性格が設定してあり、
仲間が性格上好む行動、嫌う行動を取れば「信頼度」の数値が増減する。

信頼度が高まると「パーティランク」が上がり、
アレイドアクションを装備(戦闘中に選択可能)するためのスロットが増える。

BUSINシリーズに「パーティから外せない主人公」がいるのは
たぶんこのシステムのためだろう。
パーティを総入れ替えしても信頼度、パーティランクが同じなのはおかしい。
だが、キャラクタ全てがお互いに信頼度の数値を持っているのは煩雑だ。
(たしかXTH2はその「煩雑な事」をやっちゃってるんだが)
信頼度を「主人公以外の各キャラが、主人公に対して抱いている信頼度」
とする事で、管理を容易にするのが目的だったと思われる。
「信頼度を管理する基準点」として「パーティを外れない主人公」がいるわけだ。


専門職以外の呪文習得が専門職と同じ価値を持っていいのか問題

職業によって習得できる呪文レベルの上限が違う。
僧侶、魔術師、司教は自分の分野の呪文を最高レベルまで習得できるが、
専門外の侍などはあるレベルを超える呪文は習得できない。

それはいいとして、このシリーズは戦士以外みんな何かしら呪文を習得できる。
「宝箱を開ける係」にも戦闘中にやる事を与えようとしたのだろうが、
これはこれでちょっと世界観がよく分からない。



タイトーによる「サマナー」「外伝」

作ったのはタイトーではなく、開発元はそれぞれ別だと思われるが、
俺が持ってるプレステ2版の発売はどちらもタイトーなのでひとまとめにする。

どちらもプレステ2版に関してはインターフェイスがクソだったと記憶している。
移植時に「妙な変更を加えた」のではなく「必要な変更をしなかった」という感じ。
「携帯機から据え置き機へ移植」するにしても、
「PCから家庭用ゲームに移植」するにしても、
そのままであってはいけないはずの部分がそのままなせいでクソ、というか。

まあそれは「WIZの話」ではないのだが、いいや、書いちゃえ。



「サマナー」

元はゲームボーイアドバンスで発売された。その頃から評判は悪かった。
俺も1時間プレイして「一生やらねえ」と決意した。誉めるポイントがない。
これを書いてる今もプレイしてないし、しない。
あれを再びプレイするくらいなら、不正確な記事を書くほうがマシだ。

既にそのクソゲーぶりを懇切丁寧に記しているサイトはあるので
今更俺が書く事は何もないが、思い出を語るならば、

○「逃げる」の成功率をどう計算しているのか知らないが、
最序盤の敵相手に10回連続で逃走失敗した。11回目は試してない。

○携帯機から据え置き機に移植して、画面が大きくなったというのに
ウインドウ1行あたりの文字数含め、テキストに何の変更も加えてないらしい。
ゲームボーイアドバンスの画面に「訓練場」が難しかったのは分かるが、
TVに写る妙に大きい「くんれん場」や「おうきゅう」の文字の間抜けっぷりを
どうにかしようと思わなかったのか?

○ゲームに斬新さを求めるような人間ではないつもりだが、
今作オリジナルの要素は召喚師という「使わなくてもいい職業」ひとつ。
よくこれで新作一本作れると思ったな。

○1時間でうんざりするほど敵の経験値が少なく、全然レベルが上がらない。
「経験値と金のデータを間違えて入力したのでは」という
説得力ありすぎの疑惑がゲームボーイアドバンス版の頃からあったらしいが、
直してしまったら間違いを認める事になるからか、そのまま移植したようだ。

○十字キー押しっぱなしでもカーソルはひとつ分しか動いてくれない。
些細な事に思われるかもしれないが、
これによりプレイしている間ずっと十字キーをカタカタ押し続ける事になり、
プレイ時間に比例してストレスが蓄積されていく。


性格(の不一致)というシステムはあのままでいいのか問題

サマナーはBUSIN、エンパイア、XTHとは逆のアプローチを取った。
「性格が合わないと酒場でパーティが組めない」というルールを
任意でオフにすることが出来る。
じゃあ完全に撤廃すればよくない?というのが素直な感想である。


召喚呪文がただのギャンブルにならない為にどうすればいいのか問題

魔法陣で契約したモンスターだけ召喚できるという点はエンパイアと同じ。
が、いくつかの相違点がある。
(前述のとおり1時間で投げ出したので半分は攻略本からの推測である)

○まず、召喚時に金は取られない(っぽい)。
これにより、ただでさえ妙にたくさん手に入る金は余る一方だと思われる。

○また、他のWIZでは召喚されたモンスターはパーティの6人とは別の
「召喚モンスター専用枠」に位置づけられるのだが、
サマナーにおいては普通の仲間と同じようにパーティに組み込まれる。
(だから、既にパーティに6人いると召喚できない。)

これにより、従来のモンスター枠は1体分しか用意されていないが、
サマナーでは「召喚師1人とモンスター5体」というパーティ編成が可能になる。

その反面、従来のシステムではモンスター専用枠を使う事により
「召喚したほうが、召喚しないより確実にパーティが強くなる」わけだが、
「普通の仲間のほうが召喚できるモンスターより強い」という状況では
わざわざ召喚するとパーティが弱体化することになる。

召喚師という職業は「本人は役立たず」という強さに設定されているらしく、
召喚師をパーティに組み込む事自体が若干パーティの弱体化であるらしい。

「わざわざ役立たずをパーティに加えてまで召喚しても元が取れる」くらいに
モンスターの強さはきちんと調整されているのだろうか?

○召喚したモンスターも戦闘によって経験を積み、レベルが上がる(らしい)。



「外伝 戦闘の監獄」

元々PCで発売されてからプレステ2に移植された。
PC版の評判を見る限り、ゲーム内容自体の評価は高いようだ。
プレステ2版はもっているが、攻略本は多分出ていなく、
現在取扱説明書を紛失しており、あまり詳しく書けない。

○ゲームシステムの独自性としては、
「拾った武器、防具にランダムで特殊効果がついている」ことがある。
古くは「ディアブロ」が有名で、今ではもう珍しくもないシステムだが、
ゲームシステムのベースがほとんど#5までの本家WIZなので
「付与される特殊効果のバリエーション」がいかんせん乏しく、
「こんなの拾った!」という驚きがさほどない。

似たような「特殊効果付与」システムはXTHにもあったが、
あちらも似たような印象を受けた記憶がある。


ここからクソ移植ぶりの話になる。

○画面レイアウト、ひいては「画面に詰め込む文字数」がたぶんPC版のまま。

だが普通、「PCの画面とユーザーの顔との間の距離」に比べて
「TVの画面とユーザーの顔との間の距離」はずっと遠いはずだ。
また、よく知らないけどPCとTVでは画像の出力方式、画質も違うらしい。

それらの違いの結果、判読困難なほど字が小さい。
今部屋にある19型AQUOSならまあ読めるが、
このソフトを買った当時使ってた14型ブラウン管のテレビデオだと
数字以外ほぼすべての文字の判読を断念した記憶がある。

また、特殊効果のついているアイテム名は青字で表示されるが、
その青の色調がかなり暗く、背景の黒にほとんど溶け込んでしまい、
「表示されてる文字が何なのか」どころか
「そこに文字が表示されてるのかどうか」が目を凝らさないと分からない。


○キャンプ中などのコマンドの配置もどうかと思った。

PC版はキーボード操作で、各キーにコマンドを割り当てていたらしい。
どのコマンドにもワンタッチで到達できるから、
画面内にありったけのコマンドを並べておく事には意味があった。

だがプレステ2版は
「十字キーでカーソルを目的のコマンドまで動かして、決定キーを押す」という
操作法であり、「画面にたくさんコマンドが並んでいる事」に利便性はない。
それなのに、たとえば
「アイテムを使う」
「アイテムを渡す」
「アイテムを見る」
「アイテムを並べ替える」
「アイテム名を変更する」
「アイテムを捨てる」
をわざわざ別のコマンドとして分け、画面に並べてある。
十字キーで操作するのなら、普通のRPGのように
「アイテムのコマンド」→「所持品から選択」→「それをどうするのかを選択」
という順序にしたほうが十字キーを押す回数は少なくできるはずだ。
「アイテムを見てから、捨てるか使うか渡すかを決める」という事もあるだろうし。
そういう配慮を何ひとつしていない。


○意味が分からないのが「店でアイテムを売る時」の画面レイアウトである。
画面下に「そのキャラの所持品の名前」がすべて表示され、
画面左に「そのキャラの所持品の名前とその売却価格」がすべて表示され、
画面右に「そのキャラの所持品の名前」がすべて、
「売るアイテムの選択肢」としてカーソルを伴って表示されている。

ほぼ同じものが3箇所に表示されてやがる。

普通のRPGのようにひとつにまとめられなかったのか?
まとめなかったせいでかえって不便になっている。
画面左で売却価格をチェックしてから、
画面右に目線を移して、売るべきアイテムにカーソルを合わせる。
目を動かす回数がムダに多く、そして画面下の表示は見る事がない。



WIZというタイトルはついてないけどそれ系ゲーム語り

それ系のジャンル(WIZライク、とか呼ぶらしい)のゲームはいくらでもあり、
俺ふぜいがすべてを把握できるわけもなく、
自分でプレイしたやつについてだけ書く。







世界樹の迷宮

WIZの本家も途中からオートマッピング機能を導入したというのに
今さら、ニンテンドーDSのタッチスクリーンをわざわざ駆使して
自分で一歩一歩マップを書けよ、というシステムが話題になりヒット。

日本版WIZにも「オートマップ表示機能のON/OFF」を任意に選べて
「自力でマップを書く」選択肢をプレイヤーに「残した」ものはあるが、
「マップを書くのはその面倒くささ以上に面白い」と「制作者側が」判断し、
マップ作りを「プレイヤーが行うべき作業」としてあえて「用意」したのは
ひょっとしたら世界樹の迷宮が最初なのではないか。

これの二匹目のどじょう狙いで「ウィザードリィルネサンス」とやらが
始まったのではないかと思ったりするが、
1だけやった限り、俺はあんまり好きになれなかった。

「状況が劇的に良くなる」という事がほとんどない。
WIZだって「ずっと同じ事をやってる」感があるゲームだが、
それ以上にずーっと同じ作業の繰り返しだ。

レベルがひとつ上がっても大して戦闘が楽にならない。
F.O.E.を除けば各階層で出てくる敵はだいたい代わり映えしない。
たまたま強いアイテムを拾う、という事もシステム上ありえない。

携帯機用のゲームであり、普段の生活のすきま時間にこつこつ進める、
というプレイのされ方を想定して作ったから
状況の変化が緩やかになっているのかもしれないが、
30過ぎのニートが、部屋でひとりで猫背で虚ろな目を画面に向けながら
時折中学の頃の嫌な思い出が湧きあがってくるたびに奇声を発しつつ
10時間ぶっ続けでやるようなプレイスタイルではどうしても飽きるのである。
実際飽きたし。

途中から義務感で続けていた感があり、
ラスボス(?)を前にマッピングも済んでしまって
「ラスボス(?)を倒すためのレベル上げ」しかする事がなくなって
さすがにもういいや、戦闘別に面白くないもん、と思ってやめた。




ソリッドリンク(ダンジョンサイド、タワーサイド)

プレステ1用ソフトとしてヘクトから発売されたゲーム。
制作に携わってたらしい人がサイトを残しているが、会社はすでになく、
そのサイトも「Back to TOP」をクリックした先に何のページもない。

他作品に比べて「#6以降の要素が強めのブレンド」であると感じられる。

パッケージには「ゲームブック感覚」的なキャッチコピーがあった(と思う)。
正しいんだが、キャッチコピーつけた人はこのゲーム売る気ねえだろ。

「ダンジョンサイド」「タワーサイド」の2シナリオが(たぶん)同時に発売された。
どちらも定価2000円だったと思う。廉価版でもなく、はじめから。

本家WIZと同じくキャラを別のシナリオに引継ぎできる。
(たしか一部のレアアイテムは引き継げなかった)
WIZと違い、どちらがどちらの続編、という事はないので
どちらのシナリオからでももう片方に引継ぎできる。

ゲーム開始時、ひとりだけボーナスを割り振ってキャラメイクを行うが、
そいつ以外のキャラは、すでに酒場にいる中から選んでパーティを組む。

別のシナリオをクリアしたキャラを引き継いでもバランスが崩れないほど
シナリオにおける戦闘、成長の比重は小さい。
たしか、最大まで成長させてもHPはゲーム開始時の2倍にもならない。

イベントが大量に配置されたダンジョン内部を行き来して
謎を解き、シナリオクリアを目指す。
その際に「探索系のスキル」を成長させておく事が重要になる。

そこまでは#6以降に似ているが、
街の施設でしかキャラを成長させられないので。
#5までと同じように「ダンジョンと街の往復」でゲームは進行していく。

経験値という概念がなく、成長を店で、金を払って買う。
これはヘクトにとっては「いつものシステム」らしく、
「ライアットスターズ」というゲームでもそんなシステムだった。

このゲームが他と一線を画すところは、
「戦闘中以外はいつでも街に戻れる」事と
「街に戻るたびにイベントフラグは完全にリセットされる」事だ。

このシステムがある事により、
シナリオを「詰む」レベルの難易度に設定できる。

ちゃんとやってないから分からないが、本家の#6以降は
「戦闘で負けて死ぬ」事はあっても
「シナリオ的にクリア不可能になる事」は多分ないと思う。
バッドエンディングはあるのかもしれないが、
「どのようにも終われない」状況にはならないようにできているのではないか。

だがソリッドリンクのシナリオはその「どのようにも終われない状況」になる。
プレイヤーは時間ループもののSFのように何度も状況をリセットしながら、
「どのイベントで何を選ぶべきだったか」や
「どのイベントを先に踏むべきだったか」をマッピングする形で攻略を進める。

もしソリッドリンクのシナリオが長かったら、
「イベントフラグをリセットできる」というシステムがあっても
終盤で詰んでしまったのを最初からやり直す気にはなれないだろう。

そしてもしソリッドリンクの値段が5800円くらいだったら
「最初からやり直す気になれるほど短いシナリオ」では許されなかっただろう。

「ロープライスのゲームだからこそ許される高難度」という事例である。

全体に「これが売れるとは全然思ってないが自分たちはこんなのが好きだ」
という心意気が感じられて愛おしい。
世界中の迷宮がヒットしたどさくさにリメイクしてれば結構売れたんじゃないか。

これが出てからさほど時を置かずに発売元のヘクトは倒産したらしいが、
このゲームの制作者は今もどこかでゲームを作っていてほしい。







エルミナージュ

エンパイア、アスタリスクを出したスターフィッシュから出た。
(というか、モンスターの画像の多くはそこからの使い回し)
プレイステーション2版が最初に出たが、DSに移植されて以後
「携帯機専用のシリーズ」になった。
3までと、ナンバリングタイトルでない外伝的なものが2作出ている。

「スターフィッシュの奇跡」と呼ばれるほど評判がよかったが、
外伝的なものの評価を見る限り、その奇跡はもう終わったらしい。

俺は「1のプレステ2版」しかやっていない。
プレイした時期がXTHと若干かぶっており、
「XTHとの比較」という形で感想が記憶に残っている。
ロード時間などの「触り心地」は確実にXTHのほうが上なのだが、
ゲーム内容はエルミナージュのほうが好みだった。

○各職業の「使い心地の違い」がゲーム開始直後から分かるのがいい。

XTHだと、職業(学科)の違いは
「かなりレベルが上がってから使えるようになるスキルの性能」や
「後半になってから手に入る専用装備品」で現れ、
「キャラを作った時点」ではどれも似たような事しかできない。

エルミナージュは「キャラを作った直後から」
ほとんどの職業において性能差が際立っている。
闘士は最初の戦闘から敵を連続で殴り、
使用人は行動回数を消費せずに勝手に回復アイテムを使ってくれる。
ありがたみが実感しづらい職業もある(君主とか)し、
使い物にならない職業もある(巫とか)が。



○シナリオクリアのために集めなければいけないアイテムが
ダンジョン中に「ランダムで」配置されるというシステムが、
本家#1の「行かなくていいフロアが沢山ある状況」を踏襲しつつ、
それがどこなのかはプレイするごとに違う、という形で
本家#1を発展させていて面白い。

ただ調整が足りなかったのか、
俺が最初にプレイした時は「床のないマス目」に配置されやがったようで、
「配置しなおし」の処理を行う必要があったが。



○地味な変更として、戦闘中の逃走を「ひとりずつ」行う。
そして戦闘終了時の獲得経験値の計算はWIZと同じく
「倒した敵の経験値の合計」÷「終了時に戦闘に参加してた人数」なので、
勝ちが見えてきてから要らない面子を逃がしておく事で
レベルを上げたいひとりに経験値を集中させる事ができる。

○そういえばモンスターの不確定名が廃止されてた。これも地味な変更。



○「名前を使う権利」がちょうどゴタゴタしてる時期に作られたらしく、
システムはほとんどWIZなのに「Wizardry」のタイトルをつけることが出来ず、
中身はどこかで見たようなものなのに呪文の名前も変えざるを得なかった。

そこで苦しまぎれ気味に生み出されたと思われるシステムが
プレイヤーが自由に呪文名を変更できる「スペルキャスティング」である。

出荷された段階の呪文の名前が「エンテルクミスタ」であれば、
プレイヤーがそれを「ティルトウェイト」に変更しても権利的に問題はない。

それが好評を得て味を占めたのか、2以降に導入されたのが
「フェイスロード」「スタイルロード」である。
キャラメイク時に選べるキャラの画像が気に入らなければ
プレイヤーが用意した画像をゲーム中に使用できる、というもので、
スターフィッシュが訴訟を起こされる事なく、プレイヤーが望むままに
「ディズニーキャラ勢揃い」や「怒張した男性器6本パーティ」などが可能な、
「WIZだけでない多くの作品の権利」や「倫理規定」をかいくぐる荒業である。


専門職以外の呪文習得が専門職と同じ価値を持っていいのか問題

呪文の効果に修正がかかるようになっている。

高レベルになると「呪文威力が上がるスキル」を身につけ、
その後レベルが上がるにつれ威力が割り増しされていく。

「レベルが上がるごとの威力増加率」は専門職のほうが専門外よりも大きく、
また、専門職のほうが1レベルあたりの必要経験値も低い。
結果、同じ経験値を持っていれば専門職が使う呪文のほうが威力が強い。


召喚呪文がただのギャンブルにならない為にどうすればいいのか問題

他の日本版WIZとはまったく別物のシステムになっている。
よく知らないが、ポケモンのシステムってこんな感じか?

契約したモンスターを召喚できる、というところまでは同じ。
だが、契約をするのは「戦闘中」である。

原則的にはゲーム中に存在するすべてのモンスターと契約できるらしい。
事前に弱らせて(HPを削って)おくと契約が成立しやすい。
「召喚系呪文の各レベル」に1体ずつ契約したモンスターが収納される。
「召喚系呪文の各レベル」がそれぞれモンスターボール、という事だろうか。

「プレイヤーがしてきた苦労」と「召喚できるモンスターの強さ」が
完全に一致しており、これが正解だったんじゃないか、という印象がある。
結局ポケモンと同じじゃん、というツッコミは免れないけれども。



Dark Hall
同人フリーゲームの中にもWIZっぽいやつはいくらでもあるわけだが、
俺はこれしかプレイしてないのでこれ以外について語る事ができない。
というかこれも、1年以上前にプレイしてそれっきりだ。


ダンジョンは#5以降のように不定形である。
言うまでもない事だが「水泳レベル」なんて無駄なものはついてない。


○「どうせ馬小屋しか行かずHPは呪文で回復するんだろ、みんな」
という従来の因習を打破するためだろう、
宿屋は「ダンジョンから帰ってきた直後に必ず1回泊まらねばならず、
かつ、1回しか泊まれない」というシステムになっていた(ような気がする)。

ダンジョンから帰還後、宿代をケチって回復量が少ない部屋に泊まると、
次回はダメージが残ったままダンジョンに入る破目になる。


○この作品の特に変わっている点は呪文のシステムだと思う。
(ひょっとすると「WIZ系のフリゲ」界ではありがちなものなのかもしれんが
なにぶん他にやった事がないから分からない)

#6以降のような「呪文の属性」「MP消費制」の要素を導入しており、
かつ「呪文の系統」の要素は廃している。

呪文を使う職業は2種類あるが、その2種類とは
「呪文に特化した職業」と「アイテム鑑定もできる職業」であり、
「回復役」「攻撃役」みたいに役割が固定しているわけではない。
どの属性の呪文を使わせるかによって役割は変わる。

さらにこの作品が変わっているのは
「そのキャラにどの属性の呪文を使わせるか」を
「ダンジョンから町に戻るごとに」切り替える事ができる、という点だ。

同じ属性の呪文を使い込む事で使える呪文が増えたりはするが、
冒険の目的ごとにどの呪文を使わせるかを変えられる。

パーティがあらゆる状況に対応できてしまうとゲームは単調だが、
状況が変わるたびに別のキャラを最初から育てるのは面倒だ。
このシステムは「キャラを新しく育てさせられる面倒」を省きながら
「目的に合わせて戦力をチューニングする楽しさ」を残すものだ。


2010年の9月にβ版が公開され、それっきり音沙汰がない。
要するに未完成のゲームだ。

ダンジョンは3階しかなく、敵の種類も少ない。
まだ機能していない職業やゲームシステムもある。
(さっき誉めたシステムだって、実際には
「もし完成してたらこう面白かったのでは」という感じだったと思う)
ストーリーはほぼ何も始まってなかった。というか記憶にない。
(完成した作品でさえストーリーが記憶に残らないジャンルではあるが)

現時点でもう3年放置されてるし、
システム、シナリオ担当者のブログも今はなんか表示できない。
今後完成する見込みはほとんどないだろう。

だが「とりあえずWIZみたいのを作ってみました」というだけではない
「こうしたほうが面白くなると自分は思うんだが」という心意気が感じられ、
完成しなかった事がとても惜しい。
せめて誰かがこのシステムをパクってゲームを作ってくれたらいいのに。

10時間もかからないで終わってしまうが、
「10時間もかからないで終わる」という事以外には特に不満点はなかった。
「どんぶり一杯食いたいのに試食しかできないもどかしさ」に耐えられるなら、
おすすめできる作品である。



ありもしない結論

この記事は枕草子でいうところの「ものづくし」みたいなものである。
だから結論など特にないわけだが、このままだと何かまとまりが悪いので、
「本家と日本版のWIZがたどった道の差」みたいなものについて
知ったかぶりで語って、それをもってこのクソみたいな長文を終わらせよう。


ロックマンとMEGAMAN

たとえば、「ロックマン」が外国で「MEGAMAN」というタイトルで発売された時、
パッケージの絵が(下手糞な)リアルタッチに変えられた事は有名だ。

あれを見た時思ったんだが、アメリカ(とか欧米の)人は、何かを表現する時
「そうしないほうがむしろ良い」という方針をあらかじめ持っていない限り
「とりあえずリアルな方向に、ディテールを増やした方が望ましい」
という判断をするのではないか。
(MEGAMANのパッケージ絵を描いたのがアメリカ人かは知らないけど)


折り紙とpapercraft

たとえば折り紙は
「正方形の紙を、折る以外の一切の加工を行わずにモチーフに似せる」
という遊びである。

そこで評価されるのは
「モチーフの実物が持っている多くのディテールを断念した上で、
忠実に再現するべきエッセンスを選び取る」ことの巧みさなのだと思う。
(もちろん「その形になるような折りかたの考案」も評価されるにせよ)

「ただ、紙をモチーフに似せる」という事であれば
ペーパークラフトのほうが全然似ているわけなんだが、
うまい折り紙を見て感心したノリでペーパークラフトを見ても
「紙に模様を印刷したり切ったり貼ったりしていいんなら、そりゃ似るさ」
という、どこか白けた印象が残る。

つまり「厳しい制約の中での表現」と「特に制約のない中での表現」は、
同じ尺度では評価されない。


ウィザードリィとWizardry

話をWIZに戻すと、
日本では、初期のWIZは「折り紙として」高く評価されたのではないか。

”「街」「ダンジョン」「戦闘」「宝箱」というフェイズを行ったり来たりするだけの
小規模なプログラム、という制約の中で「冒険」というモチーフを表現してみせ、
諸々のディテールを削りつつ「冒険の興奮」というエッセンスは残してみせた”
という事に対する高評価だったのではないか。

日本版WIZの制作者は本家初期のWIZの「折り紙性」のフォロワーである。
だから「最小限のテコ入れでなるべく大きな新奇性を出す」事にこだわる。
「テコ入れを最小限にとどめる」事が彼らの「折り紙遊び」のための制約だ。


だが、Sirtech社にとってはWIZは「折り紙」ではなかった。

もっと精密な、冒険の「模型」を作って見せる気でいたのに
当時は「紙」以外の素材がなく、「折る」以外の加工も出来なかったから
結果的に不本意ながら折り紙になった、というのが
Sirtech社にとっての初期のWIZの位置づけだったのではないか。

だから、マシンスペックが向上して出来ることが増えれば
「パッケージの絵でMEGAMANの面構えを濃くした時」と同じように
とりあえず/とにかくディテールを追加していった。
「そういえば人って無理に水に潜ると死ぬじゃん→新システムに導入しよう!」
「呪文を唱える時に噛んじゃう奴もいるだろう→新システムに導入しよう!」
みたいな感じに。

そうして「ペーパークラフト化」していく本家WIZを見て
「折り紙としてのWIZ」を愛した日本人の多くは
「いや、WIZに求めてたのはそういうんじゃねえんだよ」と感じたのだと思う。
「面白いかつまらないか」以前の段階で「迷走」に見えてしまうほどに。



結局俺らは何を愛していないのか

今の話でまとまりがよくなるかなと思ったら別に全然まとまってない。
なら、ついでだからまた別の知ったかぶりを追加しよう。
これを書き足してもやはり全然まとまらないのだろうが。


女王 VS はんちく野郎

「折り紙」の時みたいにまた例え話から始める。
そしてこの例え話すらも知ったかぶりである。

レイモンドチャンドラーという作家がいた。もう死んでいる。
フィリップマーロウという私立探偵を主人公とするシリーズが有名、
というかそれ以外ほぼ何も書かなかった作家で、
その作品は日本でも親しまれている。


最近、村上春樹がその作品を新しく翻訳し直しているのだが、
その新訳の最初の「ロンググッドバイ」が発表された時、
文芸誌で「前の翻訳のほうが良い」みたいな批評をする人が何人かいた。
詳しくは覚えていないが「はんちく」という日本語の使い方がしっくり来ない、
とかそんな批判だったと記憶している。

さて、この人たちが親しんでいたのは「レイモンドチャンドラー」だったのか。


村上春樹による新訳と、その前の清水俊二による旧訳「長いお別れ」には
「翻訳者が違う」「翻訳が行われた年代が違う」という以上の差がある。
清水俊二による旧訳は、「翻訳せずに省略してしまった原文」があるのだ。

少なくとも村上春樹は「テキスト原文を一切省略せずに翻訳」している(らしい)。
「完全版」と「不完全版」という、好みの問題ではすまないレベルの差である。
「レイモンドチャンドラーを」愛好していた人であれば、
「訳語のセンスがしっくり来ない」という難点が仮にあったとしても、
「レイモンドチャンドラーの文章がすべて翻訳されてるほう」を選ぶはずだろう。

「翻訳に抜けがあっても、旧訳のほうが良かった」という人が愛していたのは
「レイモンドチャンドラー」ではなく「清水俊二」の文章だったのではないか。

(もっと言えば、清水俊二による翻訳には明らかな誤訳もある。
どうも「queer」を「queen」と見間違えて「おかま」が「女王」になっているらしい)



絵の濃さ VS リセット後の再開の速さ

話をWIZに戻す。

WIZ制作者でも本家と日本版とで「これがWIZ」というものがバラバラなように
日本のWIZファンの中でも「守られるべきWIZらしさ」はバラバラだ。

たとえば、得物屋24時間というWIZファンサイトがある。
本家に限らず日本版WIZの情報も扱ってはいるのだが、
どのWIZをBBSで語り合う対象とするか、の選択は定まらない感がある。
タイトルに「Wizardry」がついていることは必須であるが、
ついてさえいればいいのかというとXTHの特設BBSは作られていない。
ルネサンス関連のWIZも同様である。
単に「その話題がさほど挙がらないから作らなかった」の可能性は高いが、
管理人さんの中でも、常連さんの中でも
「これはここで語り合うべきWIZではない」という判断があったと想像する。


以前、どこかは忘れたがどこかのゲームレビュー投稿サイトで、
妙に高いテンションでXTHを「こんなのWIZじゃない」と評する人を見かけた。
モンスターやキャラの絵柄が軽すぎるのがお気に召さなかったらしい。
その人にとって「WIZらしさ」とは「末弥純の絵柄」なのだろう。

絵にさほど興味がない俺はといえば、XTHが好きである。
特に、ソフトウェアリセットから2,3秒で「最後のキャンプ」の時点からやり直せる
テンポの良さが、(たぶん)ファミコン版以来復活しているところが素晴らしい。
俺にとって「WIZらしさ」の大部分は「リセットして数秒でやり直せる事」らしい。


だが、考えてほしい。
「末弥純の絵柄」も「リセットして数秒で直前からやり直せる事」も、
「SirTech社がApple2用に発売した本家WIZ」には備わっていない要素だ。


「末弥純の絵」はアスキーがファミコン版移植を行う際に追加したものだ。
Apple2用WIZの頃の絵は「リルガミンサーガ」に収録されていたと思うが、
絵柄の軽重を問う以前に下手糞である。

「Apple2版」かは分からないが、古いWIZファンが思い出を語る文章の中に、
「読み込み音でこれから何が起きるのか分かっちゃう」みたいな話があった。
これはつまり、昔のWIZでは、何かが起きるたびに
「読み込み音を聞き分けられるほどの長時間」読み込んだ、という事だろう。


だとすれば、「XTHを否定するそいつ」も「XTHを肯定する俺」も
どちらも「本来のものと見なすWIZ」は「Sirtech社のWizardry」では全然ない。
俺たちが愛したのは「Wizadry」ではなくアスキーが出した「ウィザードリィ」だ。
「清水俊二訳のレイモンドチャンドラー」との比較で村上春樹の翻訳を叩くけど
「レイモンドチャンドラーが書いた全文」は別にどうでもよかった人達のように。


もちろん、「Sirtech社のWizardry」を愛した日本人もいるだろう。
そうでなければアスキーがファミコンに移植するわけがないから。
だが、その人数はとても少ないのではないか。


たとえば、WIZはけっこう大勢の手によって漫画化されている。

個人名義で単行本が出ているのは石垣環くらいかもしれないが、
みのり書房から出ていた「ゲームプレイヤーコミックス」の1〜7、

JICC出版社(後に宝島社)から出ていた「ウィザードリィ友の会」の1〜3、

アスキーから出ていた「ウィザードリィコミックス」の1〜3
何巻出たのか知らないが双葉社の「ウィザードリィ4コマまんが王国」などで、
それぞれにおいて複数の漫画家がWIZの漫画を描いているし、
読者による4コマ漫画の投稿コーナーもあった。

(最近だと、進撃の巨人の掲載誌でWIZの漫画が連載されていて、
「マガジンのバトル漫画のしょーもない所を丁寧に踏襲しちゃった漫画」
という以外に何の印象も残ってないのだが、それはいったん置いておく。
あれはルネサンス関連作品だろうし)

で、そのそれぞれのWIZ漫画において、
出てくるモンスターのデザインは「アスキーのウィザードリィ」のそれである。
もしそれ以外のデザインなら、その絵に俺は違和感を持ったはずだが、
読んでいてそんな違和感を持った記憶はいっこうないのである。

これはつまり、
「漫画に描くほどWIZが好きな人にとって、WIZとはアスキーのそれであった」
という事だ。




ナグザットもPCエンジンにWIZを移植している(評判は良くない)のだが、
俺はそちらのデザインのモンスターも漫画で見かけた記憶はない。
PCエンジン版の発売は「WIZ漫画が描かれた時期」の終わり際なので、
漫画で見かけなかったのはまあ当然なのだが、それは見方を変えれば
「PCエンジン版をきっかけにWIZ漫画を描いた人は誰もいなかった」
という事でもあるだろう。

この事から、
「漫画に描くほどWIZが好きな人にとって、WIZとはApple2版でなく、
コンシューマ機種移植版だった」という事ですらない、と分かる。

やはり「日本のWIZファン」の大半が愛したのは「アスキーのウィザードリィ」で、
「Sirtech社のWizardry」は「ナグザットのウィザードリィ」と同レベルに
日本のファンにはほぼ無関係な、親しみの湧かない代物なのだ。

「WIZの漫画」も「日本版のWIZ」も「WIZっぽいゲーム」も、
それらを作るほどの「熱心なWIZファン」は
「アスキーのウィザードリィ」のみによって生まれたのだ。

「日本以外版のWIZ(っぽいやつ)」が出ていない理由もこれで分かる。
「日本以外の国でWIZをローカライズしたのはアスキーではなかったから」だ。



結び

よし、相変わらず全然まとまってはいないが、
今度こそ書きたい事はもうひとつも残っていない。これで終わりだ。

辛うじて2000行には達さずに済んだ。俺はまだ人として引き返せる、はず。

語ってはみたものの、俺にはほとんどのタイトルが
「クリアしてない」「起動すらしてない」「そもそも所有してない」ものばかりだ。

マイブームもとうに終わっており、
正直WIZが好きかと問われればそうでもない。

だからこれは「門外漢がためしに書いてみた」レベルの記事だ。

いつか、「ルネサンスも含め、発売されたWIZの全て」を
所有し、プレイし、クリアしたド変態がどこからともなく現れて、
この記事の「完全版」を書いてくれたら面白気持ち悪いと思う。
気持ち悪いから、俺はそんなもんきっと読まない。

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夏休みの読書感想文的な何か

2013.08.16 Fri

04:36:05

今日見たエロDVDがちょっと面白かったのでそれについて書く。


「SEX.」というDVD。女優は吉崎直緒。
200円ちょっとで買ったので、新しい物では全然ないだろう。
その中の「男2×直緒 ライブ3P」というチャプターがよかった。
ドキュメンタリーとして。

タイトルからプレイの内容は想像がつくだろう。
だが実際にはそのようなプレイは行われない。
「そのようなプレイを試みたが、難しいと分かり、断念する」という内容である。

女優が予想よりも器用ではなかった、とか、予想よりも敏感だった、とか、
そういう原因だったのだろう。
男優Aにこういう事をされながら同時に男優Bにそういう事をする、という事が
この女優にはうまく出来ず、開始11分前後で男優Bがほぼほったらかしになる。
(「こういう事」「そういう事」の詳細は省く。エロい話がしたいわけではないので)

11:30になると、さっきまで男優ふたりとも全裸だったのに
男優Bだけはパンツを穿いてしまう。
「女優に能動的に何かをさせる」のはこの時点であきらめたのだろう。

撮影現場に監督がいたならば、
「3人同時では無理そうだからBはとりあえず引っ込んどいて」
というような決断も出来ただろう。
しかしこのチャプターでは、「女優をリラックスさせる」という配慮からか、
撮影は部屋に設置された数台の固定カメラで行われ、
室内は女優と男優だけで、カメラマンも監督もいなかったようである。
「3Pを撮る」という名目で撮影が開始されているので、
男優Bは「自分の判断でその場からいったん引っ込む」という事が出来ない。

なので、パンツを穿いた後でも、男優Bは
「予定通りに3Pを成り立たせるために自分に出来る事」を模索する。
具体的に言うと、男優Aとセックスしてる最中の女優の胸をいじる、とかである。
しかし、それをしている最中にも「いや、これ3Pじゃないだろ」というBの迷いは
その表情からありありと伺われる。

そして13:26に画面が切り替わると、部屋の外の誰かに話を通したのだろうか、
男優Bは画面から消えていて、男優Aと女優だけが普通にセックスをしている。

置かれた状況の中で自分の役割、自分の居場所を作ろうとして、
でもそれがうまく行かずその場から去らざるを得ない男優Bの姿が、
他人事とは思えないくらい所在なげで物悲しい。
画面の真ん中ではかなりエロい光景が展開しているというのに、
その脇で居心地悪そうな男優Bのほうに感情移入してしまう。
「居心地の悪さのドキュメンタリー」として短い(19分)ながらよくまとまっている。

とはいえ、Bはその場からただ弾き出されたわけではない。
その現場が断念したのは「3P」であって「男優Bの参加」ではない。
「3P」から「1対1のセックスを、男優を切り替えて2連戦」に変更しただけなので、
Aが終了した後、14:24にBは再登場し、女優とつつがなくセックスをする。
それを見てようやく安心する。

俺は基本的に二次元のエロにしか興味がないので、
実写AVの世界でこういう事態がどれくらいの頻度で起きるのかは分からない。
ひょっとしたら実写ではわりとよくある事なのかもしれない。
だが二次元、というかフィクションのポルノグラフィの世界でこのようなテーマを
わざわざ表現することはまずない。

そしてこれは「たまたま収録されてしまった」ものではたぶんなくて、
編集してDVDにする段階で意図的に残したものではないのか。
そうでなければ「どう考えても3Pなんかしてない映像」に
「3P」というタイトルを冠する理由が分からない。

撮影開始段階でどういう企画意図があったにせよ、
とりあえず「1対1のセックスの2連戦」として見れる素材はあるのだから
序盤の「3Pをやろうとするくだり」を切って、それっぽいタイトルをつけてしまえば
どうにか素材は無駄にならないのではないか。

わざわざ男優Bの所在なげな姿を残すために、
このようなタイトルをつけ、このような編集をしたのではないか、と思った。

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7月開始のアニメに関して今さら書く

2013.08.10 Sat

05:11:38

前にグダグダ書いたとおり、「見てないアニメの録画が溜まる」という状況が
いよいようんざりで、今期は「つまらなくないだけ」なら見ない、という方針を採用。

8月頭の段階で「見続けるアニメ」は新番組のうち12本にまで減った。
勤め人ならどうか知らないが、ニートには余裕の本数である。
しかもそのうち2本が放送時間が3分くらいなので、事実上10本である。
面白かった回を何度も見返したりできるようになった。
ゲオで映画をひと山借りてきても、未試聴のアニメが溜まらない。

いまさら書いて何になるのかとも思うが、
最終回を迎える前に「途中までの感想」を残しておいて、
俺が「つまんない」と判断した作品が後々ヒットしたりしたら
あとで俺が面白いかな、と思い、記す。



見続けようと思ったやつとその理由

※けっこういろんなアニメがあったはずなのに、
その中で毎週一番楽しみにしてるのが「帰宅部活動記録」なのは
自分でもどうかと思う。
いったい俺以外の人間にはどれくらい刺さっているのだろう、あれ?

「TOKYO-MXのほうがしっくり来るのになぜか日テレでやってる、
活動実態のなさそうな部活動を舞台にした、
乙女新党とかいう知らないアイドルグループの下手な歌がオープニングの
アニメシリーズ」第2弾なわけだが、
第1弾の「GJ部」に比べてあらゆる面でクオリティが低い。
にも関わらず俺はこっちのほうが好きである。クオリティとは何だったのか。

一番いい時で「かろうじてセーフ」レベルの作画クオリティ、
演技力以前に呂律が回ってない人がいる声優陣、
番組自体の芸風のヨゴレ具合、
それらが妙にバランスが取れている。
絵が綺麗だったり声優がベテランだったりするとかえって笑えない気がする。



「にゅるにゅる!!KAKUSENくん」もまた、凄い作品である。
「アニオタは見なくていい雰囲気」を出しているが、スルーするのは勿体ない。
スルーしてた人は今からでもいいから見るべき。どうせ3分くらいだし。

金を使ってこれをアニメにしてテレビで流そうと思った連中の意図が分からない。

「角栓をキャラにしたところで、誰のどんなニーズがあるというのか」
「なぜ初回の冒頭にWANDSなのか、なぜそんなに執拗にWANDSなのか」
「メインふたりが子役タレントと芸人だからプロ声優使わないのかと思ったら
その後で福山潤と戸松遥が起用されてるのはどんな判断なのか」
「子役タレントになんつうセリフを読ませているのか」

など、わずか2,3分の間に数々の謎が提示され、全てが放置されて番組が終わる。
あと、おっさんでもちゃんと笑える。むしろ子供受けは考えられていない。



※短いアニメでは「てーきゅう」の2期も、変わる事なく凄い速さで惚れ惚れする。
というか正直速すぎて聞き取れない。



※非リア充アニメはこれまでもあったが、
「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」は真打ち。

「はがない」の主人公がぼっちになったのは「不幸な偶然」であって、
主人公は実際にはナイスガイであり、何だかんだでハーレムだった。
「俺ガイル」の主人公は「元々ぼっち」という設定ではあったが、
「ぼっちであるがゆえの問題解決能力」などという都合のいいものが与えられ、
主流の連中からも有能さで一目置かれたし、何だかんだで彼女も出来た。

「非リア充」という苦い現実がメインディッシュのはずなのに
オブラートでくるんで砂糖をぶっかけるような処理である。
それがこれまでの非リア充アニメだった。

だが「わたモテ」は違う。
「わたモテ」で描かれるのは
「正真正銘魅力のない主人公が、
秘められた能力などないので発揮もせず、
悪者も登場しないからそいつのせいにもできず、
ただ本人の痛々しい人格ゆえに自滅していく」有様である。

しかしこれ、主人公の性別を変えてもまだ笑えるんだろうか?
オブラートと砂糖がかかってる「はがない」「俺ガイル」は
主人公が男だったわけだが、
「主人公が女だったら完全に惨めでも笑いになるが、
男だったら何か救いがないといたたまれない」
みたいな性差別(?)があったりするんだろうか?



※「科学忍者隊ガッチャマン」は一切見た事がない世代の者だが、
そんな俺でも分かるくらい「ガッチャマンクラウズ」はガッチャマン色ゼロ。

これを見たから科学忍者隊のほうに興味を持つとも思えないし、
科学忍者隊のほうが好きだったからこれも好き、という層もいなさそうだし、
ガッチャマンの名前を使う事でどこにどう利益が生じるのか不明。

ガッチャマン色の話を抜きにして普通のアニメとして見ても、
「ヒロインが、ヒーロー的な力を手に入れる前から社会能力が最強」
というのはかなり斬新。
今さら彼女のどこに成長の余地があるというのか。
それとも主人公の成長とは別の所にストーリーの主眼を持っていくのか。
先行きが全然予想できない。



「サーバントサービス」は初回だけつまらなかった。
職場で「待てー」みたいに追いかけっこするのは、
同じ作者「WORKING!!」のファミレスなら笑って見れるんだが、
役所で公務員がそうしてるとすごいイライラする。
俺はニートだから税金もほぼ払ってないというのに、それでも。
これは職業差別だろうな。



※頭ゆるめの高校生たちがきゃっきゃしてるアニメという点では
「Free!」は「けいおん!」とほぼ同じ。作中に登場する陰茎の本数が少し多いだけ。
たぶん2期目のタイトルは「Free!!」。



「恋愛ラボ」の掲載誌がきらら系列ではない「まんがタイム」系列誌な事に驚く。
元々「萌え4コマ隔離区」として「きらら」が生まれたのだろうに、
きらら系列以外にも萌え4コマが載ってるのだとすると、
田中しょうは今、何をしてご飯を食べているのだろうか?



「有頂天家族」はたぶん、今後当たり前のように名作としての評価を確立する。

初回、原作を読んだけど忘れた者としては、絵柄が軽すぎる気がしたのだが、
(あと、絶望先生で森見登美彦ブームを軽くディスってた回があったと思うだが)
声優の声がちゃんと大人の声なのでダンディズム成分が補われていた。



「ローゼンメイデン」は過去のシリーズ完全ノーチェックの俺でも
話がちゃんと分かるように作ってあるのが偉かった。

あと主人公の非リア充ぶりがすごくちゃんと描写されててますます偉い。
たぶんそこはストーリーの中でさほど重要ではないんだろうに。



「銀の匙」はものすごく丁寧に「一般人があまり知らない世界」を
ノーミスで描いてあってケチの付け所がない。



※面白いからいいんだが、「<物語>シリーズ セカンドシーズン」
それが正式タイトルで本当にいいのか?

前期の放送終了後にネット配信だか何だかで何話かあったはずで、
そこら辺全然チェックしてないのだが、単に会話を聞いてるだけで、
ストーリーに一切興味を持たないままでも面白い。ストーリーとは何だったのか。



見ないでいいやと思ったやつとその理由(抜粋)

「ブラザーコンフリクト」はそもそも乙女向け作品なので、
豚野郎の俺はそもそもターゲットじゃないから1話で見るのをやめたのだが、
「俺向けじゃない」以外にも「主人公の性格それでいいの?」という疑問が残る。

ヒロイン真面目すぎ。
(あと見た目地味すぎ。ギャルゲーにいても攻略対象じゃない可能性を疑うレベル)
家族が増えすぎたり、増えた家族がやたら癖が強かったりと、
状況は相当ツッコミどころが多いはずなのに、
ヒロインは一切突っ込まず「はい、そうなんですか…」みたいな反応ばかり。

これから性格が変わったりするのかもしれないが、
もうちょっとちゃんとリアクション取ったら笑いも取れたはずなのに、と
完全に他人事なのにちょっと心配になった。



「ステラ女学院高等科C3部」は話が進むにつれて
何がしたいのかよく分からなくなった。
「先が読めない」というより「軸足が定まらない」感じで、4話で興味が失せた。

初回は「一般人のつもりだったヒロインがミリタリーオタの素質を開花させられる」
みたいな話なのかと思ったが、だんだん普通の部活動アニメっぽくなり、
かといって「誰は何が得意だけど何が苦手で、どう克服する」みたいに
成長を描く流れにはならず、というかそもそも
「サバゲにどのような能力が求められるのか」がまだモヤッとしたまま。



「犬とハサミは使いよう」は圧倒的な「何だこりゃ感」だった。
1話目で「どうするんだこれ?」と思い、2話まで見て「無理。」と判断。
今期のアニメの中では、自信を持って「見なくていい」と思えた部類。

「殺されたら犬になっていた。」
「殺された時助けた女は愛読していた作家だった。」
「なぜかその作家とだけテレパシーで意思疎通が可能。」
「あと作家がドSだった。」
と、変な部品が出鱈目にくっつけてあるのは「ラノベだし」と受け入れるにしても、
ミステリーの部分が雑すぎる。

「捕まらない殺人犯はどこに逃げたのか?という謎」のアピールが全然足りてない。
ので「実はここに逃げていた」みたいな種明かしに唐突さしか感じない。

そして「喫茶店に行く前に落とした財布を、喫茶店で出くわした奴が拾ってた」
というご都合主義に説得力を補強しようとする素振りすらなく、ノータッチ。
さらに「偶然に殺人犯と被害者と目撃者になった3人が読者と作者の関係にある」
というこれまた凄い偶然の一致がやっぱりノータッチ。

そこらへんを何ひとつ伏線を張らず、張らない以上回収もせず、
「そこは何の必然性もないただの偶然ですけど?」という着地点のまま、
「自分をかばったせいで主人公が死んでしまった事への作家の自責の念」だの
何だののドラマに移行し、作家がデレて、大団円ムード。

こんなガサツな処理しかできないならミステリの体裁なんかつけるなよ。

原作からこんなザツな処理だったのならそんな作品がなぜアニメ化されるのか。
それともアニメの脚本家がものすごいミステリ音痴で、
アニメ化に際して削っちゃいけないものを削りまくったのか。
その確認のために、俺にしては珍しく「原作が読んでみたい」とちょっと思った。
とはいえ「面白くないから2話で見るのをやめたアニメの原作小説」を
金を払って読むほど俺はマゾではないので、どうせ読まない。



※「別に面白くはないけど可愛い」っていうのはなんか今はいいや、と思い、
「きんいろモザイク」は見ないことにする。



※原作に忠実なアニメは、原作を知っていると「わざわざ見る必要ないな」と感じる。
どうせストーリーはオチまで全部知ってるし、
アニメを見るのが「絵が動いて声がついてるのを確認する作業」になってしまう。
その理由でこれまで「ハチクロ」も「おお振り」も2期は見なかった。
その例にならって「げんしけん2代目」も録画してまで見る事はない、と決定。
見ればどうせ面白いんだけど。



※現実と全然関係ない世界設定をもったいぶって小出しにしてそれを「謎」と呼ぶ、
という手口が嫌いなので「神様のいない日曜日」は見ないことにする。
同じ理由で「アスラクライン」を見るのをやめた記憶がある。



「超次元ゲイムネプテューヌ」に至っては「謎」の体裁もつけてなく
どうでもよさそうな世界を何ひとつ説明しないまま。
元々はゲーム業界の擬人化みたいなネタなんだろうに
どこが何をネタにしたものなのかもろくすっぽ伝わってこない。



「神のみぞ知るセカイ」は「<物語>シリーズ セカンドシーズン」と違って
「前期終了後にあったらしい何か」を見ていない俺には話がほぼ分からない。
レギュラーだったはずのキャラが見当たらなかったり、
見覚えのないキャラが何の説明もなくいたり。



※特に不幸だとも思わず31まで童貞な者としては、「君のいる町」を4話まで見ても
「そんな面倒くせえんならやめちまえよ恋愛とか」としか思えねえのである。



「ブラッドラッド」は、話を構成するパーツは多いのだが
それぞれが連動してなく、一度にひとつずつしか稼動してない印象を受ける。

主人公が異世界(人間界)に来るものの特にカルチャーギャップはなく、
現地の人々と触れ合う事もなく地元(魔界)の知り合いとのすったもんだに終始し、
初回の冒頭でオタク趣味がアピールされていたが、それが話に絡む気配はない。
留守中に縄張りを荒らされるんではないか、みたいな振りはあったが
わりと簡単に異世界と地元を行き来できちゃってるっぽい、とか色々。



「ダンガンロンパ」は原作はやった事ないがオチはひどいという噂は聞いている。
でも3話まで見る限り、「オチのために」ずっと見るほど面白いとも思えなかった。

2代目ドラえもんによるルール説明がすべて事実であるなら、
話が長く続く以上は、「殺人が何度も起こるが、その都度真犯人が露見する」とか
「(少なくとも終盤までは)主人公は殺す側に回らない」とか、
そういうレベルで先行きは決まっており、ストーリー展開に意外性は望むべくもない。

かといって個々の事件が面白いかというと、そこは元々ゲームなわけだから
「素人でも解ける程度の謎解き」なのでミステリ的なクオリティは期待できず、
しかもアニメになったせいでプレイヤーキャラ(主人公)に失敗は許されないので、
「論破する」要素は再現できず、ただの「真犯人当て」になってしまってるようだ。
「会話の端々のキャラ立ち」以外に見所が残っているのだろうか?

「ひどいオチ」だけは少し気になるのでラスト2話くらいを突然見るかもしれないが、
それ以外は興味なし。

見ないままオチを予想してしまおう。

A:「学級裁判の椅子の数が人数と合ってない」というこれ見よがしの伏線があった。
そういえば1話冒頭、ストーリーが始まる前に2代目ドラえもんの「おしおき」が
流れていた。だから名前も分からない誰かがとっくにひとり死んでいると思われる。
でもそれがどう効いてくるのか3話までの段階では全然分からない。

B:あとはなんだ、「ひどいオチ」が「アンフェア」という意味であるなら
2代目ドラえもんのルール説明が嘘、というのが「ひどさ」においては派手だと思う。
指摘したはずの各事件の真犯人がみんなハズレで真犯人は別のやつ、
もしくは主人公が真犯人、というのはどうだろう。

もしラスト2話見てみてどっちかかすってたらイヤだな。



「幻影ヲ駆ケル太陽」は2話まで見ても
「従来のパターンのやつに陰惨さを増量してみました」というだけだった。
その「従来のパターン」にそもそも興味ないし、
ジムトンプスンとか吉村萬壱とかを楽しく読める者としては
「地上波で流せる程度の陰惨さ」にありがたみは感じないし。



「プリズマイリヤ」は3話まで見ても
「従来のパターンのやつをFateのキャラでやりつつ、
従来のパターンのやつのお約束をちょっと茶化してみました」というだけだった。
その「従来のパターン」は「幻影ヲ駆ケル太陽」のそれと同じものだから
依然として興味はないし、Fateシリーズも特に刺さらなかったし。



新番組以外の話題

※ヤマトの新オープニングテーマの評判が悪い。
が、そもそも前の曲も大した出来ではなかったと思う。
「大勢で声を合わせて歌うような曲なのか?」
「人数が多すぎてひとりひとりの声の持ち味が完全に消えてるじゃん」
「映像中のヤマトの挙動に効果音をかぶせてるのはかっこいいつもりなの?」
とか、色々しょうもない出来のアレンジだと思っていたので。

新オープニング曲用の映像はなんかスピード感を前面に押し出していて、
それはヤマトの作風と違うだろうとは思うのだが、
「旧ヤマトを見てたわけでもない世代が、UVERWORLDの悪口を言うために
一生懸命前のオープニングテーマを大事がる」のは
「シーシェパードを批判するために、食った事もない鯨肉を
日本の伝統的な食文化だと言い張って大事がる」のと同じくらい白々しいと思う。

伝統だの何だのに頼らず、「ただ嫌いだから嫌いだ」と言える人でありたい。



※「マイリトルポニー」の新オープニング曲が、何の関係もない七森中ごらく部。
作品外の声優ユニットを使うにしても、
「マイリトルポニー」にはミルキィホームズの4人が出演しているのに、
そっちではなく、ひとりも出演してない七森中ごらく部。
不思議。



※以上のことを鑑みるに、
ミルキィホームズの4人が「宇宙戦艦ヤマト」を歌えば何もかも丸く収まる気がする。



※「ジュエルペットハッピネス」は、オープニングとエンディングが
なぜかずっと同じ曲で、曲が間に合わなかったのかと思っていた。
だからエンディングのほうは映像がなおざりなのだと思っていたのだが、
同じ曲のまま、エンディングアニメーションが新作になった。

絵を新しく用意してしまったことにより、もはや曲を変える事が出来そうにない。

「イレギュラーでもなく、オープニングとエンディングが同じ曲」って
かなり変な事態だと思うんだが、あまり突っ込んでる人を見かけない。



※文化放送のホームランナイターのCM明けのジングルが
「銀河にキックオフ」の後期のエンディングテーマ。
野球中継にサッカーアニメの曲を使ってる。知ってると変な気分。



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ぼくのかんがえたあたらしいにほんご

2013.07.20 Sat

23:57:06

【クズ相対音感】 くず-そうたいおんかん
恐らくは悪性のダメ絶対音感、またはそれをこじらせた先にある精神疾患。


主な症状
女性声優に彼氏がいるという噂(または結婚報告)をネットで見かけると
急にその女性声優の演技が下手糞に聞こえてくる。
一種の幻聴である。

(だが、「彼氏がいる噂を見かけたら演技が下手に聞こえてくる」のと
「彼氏がいる噂を見かけるまでは演技が上手に聞こえていた」のと
どちらが幻聴なのかは明らかではない。)


病型
他にどのような症状を伴うかによってA型、B型に分かれると思われる。
A型:噂を見かける前から自分はその女性声優の演技が下手だと思っていた、
 という形に記憶が改竄される。
 つまり「記憶障害を伴うクズ相対音感」。
B型:その女性声優の演技は別に下手になっていない事を認めないために
 「彼氏の有無」と「演技力」を因果関係で結び付けようとする。
 つまり「妄想障害を伴うクズ相対音感」。

A型は記憶の改竄という大掛かりなトリックが用いられるものの、
いったんそれが起きてしまえば認識に混乱は起こらない。
(過去にその声優を賛美する文章をネット上に残したりしてたら別だが。)

問題なのはB型である。
ある人の「交際相手の有無」と「演技力」は常識的に考えて無関係である。
そして演技力は向上する事はあっても下落する事は珍しい。
急に、となると尚更である。

だからその女性声優の芝居が急に下手な気がしてきたのは
彼氏がいる女に対してお前が抱いている嫌悪感、もしくは
女性の仕事を評価する時、「仕事の質」そのものよりも
「自分がその女性と付き合える可能性」を重視するお前のその人間性

に原因が求められるのは明らかなのだが、
それを認めると自分がクズだと認める事になるので、患者たちはそうできない。

しかし記憶の改竄を行わない以上、「彼氏がいる噂」と「演技力の下落」が
時を同じくしているのは(患者たちの脳内では)事実であり、
記憶を改竄する事も自分がクズだと認める事も出来ない彼らは
そのふたつの出来事の間に因果関係を見出す事で辻褄を合わせるほかない。

そして彼らは「処女膜から声が出ていない」などと発言する(書き残す)ようになる。
「処女膜発声器官説」である。

処女膜を使って女性声優がどのようにして声を出すと考えているのかについて
患者たちがまとまった文章を残した形跡はない(ろくに探してもいないのだが)。
アフレコ風景の写真などではマイクは口の高さにしか設置されてないのだが、
処女膜からの音をマイクがどう拾っている(事になっている)のかも不明である。

地球空洞説のように、そういうのは真面目に書くほど面白くなると思うので、
いずれ暇を持て余した患者らが学説をまとめてくれるのを待ちたい。
どうせあいつらも暇なんでしょうし。


<蛇足>
女性器の各部に生殖器、泌尿器以外の機能を見出そうとする発想は
たぶんさほど珍しいものではない。
失楽園ブームの時に川島なお美は、雑誌のインタビューで
「子宮が呼吸できない気がするので撮影中は前張りをつけない」
と語っていたらしい(ソース:伊集院光のUP'S深夜の馬鹿力)
これは「子宮呼吸器官説」である。

あと、本来の「相対音感」は
「音程は違うけど同じ旋律である」事を理解する能力、らしい。
あんま関係ない気がする。

しかし全然タイムリーじゃないな。
といっても「タイムリーな話題になるのを待つ」のもバカみたいだし。
2年前に書くべきだったかもしれない。

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